五感、出会い、懐古。発見に満ちた自転車での街巡り

2024.11.29

 “街を楽しむための自転車” をコンセプトに、シンプルで街乗りに特化した自転車を世に送り出している「トーキョーバイク」。拠点のひとつである清澄白河について伺った前回から引き続き、代表取締役である金井一郎(かないいちろう)さんにインタビュー。自転車で街を走る魅力を伺いました。

清澄白河にあるフラッグシップショップ「TOKYOBIKE TOKYO」。

“自転車好き” 以外の人に乗ってもらえるものを作りたい

――どのような経緯でトーキョーバイクは生まれたのでしょうか。

金井一郎さん(以下、金井):最初から自転車を作ろうとは思っていなかったんです。前の会社では自転車問屋向けの広告やメディアのディレクションをやっていて、そこから独立して始めようと思ったのが自転車用パーツのネット通販でした。

そのサイトを立ち上げる時に、アメリカで同じような通販をやっている「Seattle Bikes(シアトルバイクス)」というブランドがあることを知りました。地名とバイクを組み合わせた名前が良いなと思って「トーキョーバイク(tokyobike)」という店名ができたんです。

2009年に谷中でオープンしたトーキョーバイクの1号店。

金井:自転車マニアになりきれていなかった私にとって “自転車好きな人” 向けにしか仕事をしていなかった、当時の業界には違和感がありました。『ファッションとかアウトドアが好きな人や、走っている最中の景色やお店巡りを楽しめる人に興味を持ってもらえる自転車があるんじゃないか』と。

そこで調べてみると、ママチャリとスポーツ用バイクのちょうど中間があまりないことに気づいて。それならば街を普通に走れて、ママチャリよりもう少し遠くまで行ける自転車をトーキョーバイクで作ろうと考えたわけです。

「TOKYOBIKE TOKYO」の店内。自転車以外にも様々な商品を取り扱っている。

――コンセプトからブランド名を考えたわけではなくて、先に名前があったんですね。

金井:そうです。名前が先にあって、それが自分のいた環境から生まれたコンセプトとぴったりとマッチして、世の中にまだなかったから作ったというのがスタートです。当時は今よりも “便利さ” を推す色が強かったのですが、段々と乗った時の “楽しさ” を打ち出したいと思うようになりました。

自転車に乗ることでこれまで歩いていた駅までの道のりと、電車で通り過ぎていた場所が線で結ばれて、その間にまた面白いものが見つかるかもしれない。それが誰かにとっては “暮らしが変わるくらい楽しいもの” になるのではないかと思っています。

ショップに並ぶトーキョーバイクの自転車。

金井さん流の自転車の楽しみ方

徒歩や電車では足を伸ばせなかった範囲まで網羅でき、新たな街の魅力を見つけられる。そんなトーキョーバイク生みの親である金井さんが、どのように自転車を楽しんでいるのか伺いました。

――金井さんはどんなとき自転車に乗ることが多いですか?

金井:用事のない時に目的地を決めずに出発して、道中でたまたま見つけたカフェにふらっと立ち寄るような乗り方をすることが多いです。“何となくこっちに行ってみようかな” といった感じで走るのが楽しいですね。

『自転車で街を楽しむ体験をより多くに人に届けたい』という想いから、トーキョーバイクでは自転車のレンタルサービスも行っている。

――どなたかと一緒に乗ることが多いんですか?

金井:自転車は一人で乗るのが楽しいんですよ。一番面白くないのは、人の後ろをついて行くことです(笑)。一人で何かを見つけたり、自分が行きたいところに行けるのが魅力ですね。

自転車は曲がりたいときに曲がれて、止まりたいときに止まれる。そういった意味ではすごくヒューマンスケールです。それでいて徒歩より遠くまで行けるので “機動力と距離のバランス” が街を楽しむのにちょうど良いんですよ。

五感で楽しめるのが自転車の魅力

――これまで走ったなかでもお気に入りの場所はありますか?

金井:桜の季節の「谷中霊園」はすごく綺麗で、年に1回は必ず自転車で行きたいと思いますね。霊園の中を公道が走っていて、その両脇が桜並木になっているんです。車通りも少ないので、乗っていて気持ちが良いんですよ。そこ以外でもやっぱり緑のあるところは良いですよね。

桜の季節の「谷中霊園」

――季節の移り変わりを楽しめるのも自転車ならではですね。

金井:要は “五感で楽しめる” のが魅力なんです。自転車なら目で見る以外にも暑さ・寒さや匂いなんかも感じられます。そういう情報が都度入ってきて、走っているうちに気になることが色々と出てくるんです。意外と冬の自転車も良いですよ。体はすぐ温まって、でも顔だけ冷たくて。心地よく走れます。

自転車は幼いころの自分に戻れるタイムマシン

――他にお気に入りの場所はありますか?

金井:墨田区や荒川区は昔の街並みが残っていて面白いです。商店街で買い食いもできますしね。古い住宅街を夕方くらいに走ると、家で料理している匂いがしてきたり、子どもの遊び声が聞こえてきたり。自分が子どもに戻ったような気分になって胸がきゅんとします(笑)

墨田区に残る、歴史を感じさせる長屋。

金井:昔自分が住んでいた街を走ってみるのもおすすめです。それこそ私が生まれ育った「高田馬場」に久しぶりに行って、子どもの頃のように探検した時はとても懐かしくて感動しました。その場の空気から『子どもの時こんな感じだったなあ』と。

――新たな発見をするだけではなくて、昔の記憶と結びつく瞬間もあるんですね。

金井:そういう意味ではタイムマシンみたいですよね。今の子どもたちは乗る機会が減ってしまっているかもしれませんが、昔はみんな自転車でどこでも行っていたんです。だからこそ “子どもの頃の記憶が自転車と一緒” という人は多いと思います。

トーキョーバイクで実際に街を走る

新たな出会いだけでなく、過去の記憶を思い起こすきっかけにもなるのが自転車の魅力。ここからは金井さんのお話を踏まえて、実際に編集部がトーキョーバイクに乗って都内の街を巡ってみました。

今回お借りしたのは「TOKYOBIKE MONO(トーキョーバイク モノ)」。変速のないベーシックな自転車で、3つのサイズと6つのカラーを展開している。

まず驚きだったのは、ペダルの軽さとひと漕ぎでの推進力。力を込めて踏まなくとも、かなりの距離を進めます。ここには『走っている間も色々な情報を入れやすいように、漕ぐ労力を減らしたい』というトーキョーバイクのこだわりが込められているそうです。

変速がなくとも、坂道をすいすいと登れる。

また印象的だったのは、街によって感じられる空気の違い。「清澄白河」では静かな中にも人の気配や温かみがある一方で、「日本橋」のオフィス街は水を打ったような静寂で、どこか空気も冷たい印象。静かさの質だけでなく、その場の温度すらも異なっているように感じます。

走っていると目に留まったのが「調理パンの店 いづみ」。ラップに包まれた手作り感満載のサンドイッチは、子どもの頃に持たせてもらった味を思い起こさせてくれます。大通り沿いにありながら、車では見過ごしてしまうようなお店に気づけたのも自転車で走っていたからこそでしょう。

日本橋小伝馬町にある「調理パンの店 いづみ」。隣のたばこ店とともにおばあさんが一人で切り盛りしている。
人気商品のたまごとハムのサンドイッチ。

谷中でも気になるお店を見つけて小休止。「花重」は創業150年の老舗花屋で、その建物は登録有形文化財にも登録されています。2023年には併設の事務所がリノベーションされ、新たにカフェがオープンしたそう。谷中霊園のすぐ近くにあるので、春に桜並木を通り抜けてから立ち寄るのも良いかもしれません。

右手が「花重」。左手の暖簾がカフェ「花重谷中茶屋」の入口。

この日は常に曇り空で、景色を眺めるには少し残念な天気。それでも街には商店街や公園、寺院など目を惹くコンテンツがいたる所にあり、楽しみに事欠きませんでした。楽しみ方の幅が広いのも、ただサイクリングコースを走るのとはまた違った街巡りの魅力ではないでしょうか。

道中で見つけた墨田区にある「横網町公園」の慰霊堂。

トーキョーバイクに乗ると、友達が増える

最後に、東京で自転車を持つことで得られる “豊かさ” について金井さんに伺いました。

金井:私がよく言っているのは『トーキョーバイクに乗ると友達が増える』ということです。自転車に乗っていると好奇心が掻き立てられて、気になるお店に入ってみたりする。するとそこで新しい出会いがあったり、色々な人と話す機会が増えるような気がしています。学生時代の友達や仕事の仲間以外にも知り合いが増えると『豊かだな』と思いますし、そこで自分の知らない生き方に出会えたら面白いですよね。

トーキョーバイクを初めて体験する編集部のO。

好奇心のままに走ることで、新たな発見や出会いをもたらしてくれる自転車。公共交通機関が充実した東京に住むことで、手放してしまった方も多いのではないでしょうか。そういう方こそ久しぶりに乗ってみると、思いもしない楽しみを見つけられるかもしれません。

DATA

金井一郎 Ichiro Kanai

株式会社トーキョーバイク 代表取締役

オートバイや自動車関連の企業を数社経験した後、独立。自転車業界にて広告・Webサイト制作やパーツのオンライン販売を経て「トーキョーバイク」を立ち上げる。2002年にはオリジナルの自転車を発売し、現在は30以上の国や地域に店舗を展開して “街を楽しむ自転車” を世界中に届けている。

Text by Sotaro Oka
Edit by Saori Maekawa
         

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