“空気のエンジニア”蒔田智則に聞く、デンマークに見る暮らしのヒント

2023.02.10

住まいから始まる、新しい暮らしのストーリー。BEARS MAGAZINEでは、世界の住まいから日本の心地よい暮らしを考えていきます。

今回は、デンマーク・首都コペンハーゲンで環境設備エンジニア(空気のエンジニア)として活躍される蒔田智則(まきた とものり)さんにお話を伺いました。

コペンハーゲンに住んで11年目になる蒔田さんの日々の暮らしや環境設備エンジニアとしての視点から、これからの日本の暮らしのヒントに迫ります。

デンマークで環境設備エンジニア(空気のエンジニア)として活躍する蒔田さん

建物にまつわるエネルギーを設計する“空気のエンジニア”

蒔田 智則(以下 蒔田)
私の海外生活は、ロンドンから始まりました。

ヴィクトリアン建築などの古い建築物が好きで、歴史的建造物のリノベーションを勉強するためロンドンの大学院を出て、現地でリノベーションをしている会社に就職をしました。

ロンドンでデンマーク人の妻と出会い、結婚後2人で東京へ移住した直後、あの東日本大震災を経験しました。

震災は私にとって、建物のつくりや環境を考える大きなきっかけとなる出来事でした。

人が建物に長く住むためには、自然のパワーとどう向き合うのか、そしてどう共存していくのかが大切だと考えるようになったんです。太陽の光や雨、風などの自然現象を活用したり、通風性や断熱性を高めることで快適に暮らしていくといった”自然エネルギーの活用すること”にもっと注目したいと考えるように。

そこで、2012年には妻とデンマークに移住を決め、デンマーク工科大学院に入学し屋内の快適な環境づくりについて学びます。建築工学修士号を修了したのち、現在の環境設備エンジニア、いわば“空気のエンジニア”として活動をするに至りました。

コペンハーゲンの風景

『空気のエンジニアってどんな仕事なんだろう』と思われる方も多いと思いますが、意外とみなさんの生活の身近なところに関わっています。

新しく建てる家にどれだけ太陽の光や自然の風を取り込むかを設計したり、商業施設や宿泊施設などの建物内部で、快適な環境で過ごすにはどれくらいのエネルギーが必要になるかをシミュレーションするなど、建築家と一緒に設計段階から考えていく仕事です。

特にデンマークの建築は、自然のエネルギーを取り込んで住むことを前提に設計されているのが大きな特徴といえます。

緑に囲まれたデンマークの住宅

デンマークの気候は、夏は過ごしやすく快適ですが、冬は寒くて日照時間が短いことが特徴。

そのため、家の中で過ごす時間がおのずと長くなります。

そんな北欧で快適な室内環境を構成するために大切なのが、太陽の光と空気。

建物を建てるときには、太陽の光と熱を窓から最大限に取り入れ、暖房を使わず部屋を暖かく保つ工夫や、換気においても自然の空気を通せるようあらかじめ風の向きを考えて窓の位置を設計します。

温度や湿度の管理には、外壁に断熱材を使用したり、透湿する素材を選ぶことはごく一般的にみられること。

デンマークでは、建物自体を保温・保湿すれば暖房や空気清浄機などの電化製品は必要ないという考え方です。

コペンハーゲンでコワーキングとして利用されている建物の内観。

人は1日に1kgの食べ物を食べ、2kgの水を飲み、20kgの空気を吸っているといわれています。

多くの時間を室内で過ごす私たちは、1日の90%以上は屋内の空気を吸って過ごしていることになるんです。

換気がされている空間では病気への感染リスクが低くなるほか、脳が活発に働くため作業効率が15%アップするというデータもあるほど。

デンマークでは、本当に居心地のいい空間をつくろうとするとき、まずは光や空気をエネルギー資源として使うことを考えます。

人々は室内に太陽光が注ぎ快適な空気が循環すると、『居るだけで心地が良い』と感じられることを知っているのです。

土地や気候の特徴から自然の力を活かす知恵がうまれ、それが文化として根付いたことが、デンマーク流の幸せな暮らしに繋がっているのだと思います。

ポストコロナでは“空気をよくすること”がより重要な要素に。

2022年9月、編集部のメンバーがコペンハーゲンの蒔田さんを訪問したときの様子。

蒔田:
デンマークのポストコロナにおいても、家からリモートで働くことが当たり前になり、住まいを田舎に移して二拠点生活を始めるなど、人々のライフスタイルが徐々に変わっていきました。

同時に、空気に対する考え方も、今まで以上に“室内の空気の質”にこだわる意識が強くなったと感じています。

たとえば学校の設計では、これまで以上に換気に対する設計がシビアになってきました。暑いや寒いだけではなく、空気の鮮度まで考えて、使用する人数や滞在時間を元に換気の回数を算出して設計に落とし込むなど、空気を軸に室内環境を考える機会が多くなりました。

自宅で子供たちとホームパーティをする様子。まさに“ヒュッゲ”な時間。

デンマークには、“ヒュッゲ”という言葉があります。

これは“居心地がいい空間”や”楽しい時間”を意味するデンマーク語で、家族や友人と過ごすなかで得られる幸福感を表現する、デンマークの人々の大切な価値観です。

この“ヒュッゲ”の考え方から、居心地のいい空間は人だけで構成されるものではなく、そこにある空気、光、インテリアなどの要素が心地よく調和してこそ生まれるという意識がより高まっていったのだと思います。

デンマークでは環境への意識が自分たちの暮らしに直結する

蒔田:
デンマークは人口560万人で、世界で最も小さな国の1つ。首都コペンハーゲンは、東京の人口と比べると20分の1、端から端まで自転車で行けるほどコンパクトな街です。

そんなコペンハーゲンに住んで私が最も感じたのは、人々の環境問題に対する意識がとても高いということでした。

たとえば、コペンハーゲンの不動産屋にある物件紹介のチラシには、全ての物件に環境基準別のランクが表示されているんです。

断熱材の使用率など環境基準を大きく満たす「A」から順に、「G」までランク付けされています。

環境基準を満たす「A」ランクの物件は、購入時はすこし値段が高いけれど毎月のランニングコストが安く、「C」ランク以降になると、購入時の値段は安いがランニングコストがどんどん高くなるという仕組み。

つまり、環境基準を満たす家に長く住めば住むほど、コストパフォーマンスが良くて環境にも良いという設計になっています。

取材当時販売中だった物件

デンマークでは、明示された環境基準にもとづいて住宅を選ぶことが常識になっています。

自らが環境問題に向き合うことが、社会全体がよくなることにつながるという考えがごく一般的に浸透しているんです。

そういった考え方には歴史的背景も影響していると思います。

デンマークはもともとエネルギー資源や物的資源に乏しく、1970年代のオイルショックではとても苦労したと聞きます。その危機をどう乗り切るのか、当時様々な試行錯誤をした経験から、長い時間をかけて人々の環境意識が徐々に高まっていったんだと思います。

また最近では、国がCO2を削減する施策を打ち出し、建材としてのコンクリートや鉄の利用が法律で制限されるなど、サステナビリティ先進国としての動きも活発になってきています。

他のヨーロッパ諸国でもデンマーク型の取り組みがサスティナビリティモデルとして採用され、新たなビジネスに拡がるなど、環境先進国として気候変動に対して様々な取り組みでリーダーシップを発揮しており、環境への関心がますます高まっているのを肌で感じます。

日本の気候と風土に合わせて自然のエネルギーをデザインしていくことが豊かさへつながる

日本には、穏やかで四季を感じられる気候の良さがあります。

物にも恵まれているので、物がなくて困るということはありません。

ただ多くの物に囲まれ、便利さや効率の良さを重視する現代の日本の住まいの豊かさとは対照的に、デンマークでは必要最低限のモノで自然のエネルギーを使い静かにシンプルに住まうことに豊かさを見出しています。

これからの日本では、特有の気候の良さと自然のエネルギーを生かした住環境をつくることを目指すといいかもしれません。

日本でも昔から、上手くエネルギーを取り入れているものはたくさんあります。

たとえば、土間はコンクリート打ちっぱなしで夏場はひんやりして気持ちがいいし、長いひさしは太陽光の陰影を美しく表現しています。

現代においても、コンクリートと昔ながらの木造りを部分的に取り入れながら、日本の気候や風土にあったエネルギーの取り入れ方を設計する。

エネルギーと暮らしの調和をとりながら生活を見つめてみると、おのずと環境問題の見方も変わっていくのではないかなと思います。

今ある気候や風土を生かして、環境をどうデザインしていくか、それがこれからの日本の住まいづくりを考えるうえでは大切なのではないでしょうか。

『自然のエネルギーをたっぷり享受しながら暮らすことが幸せだ』というデンマーク流の価値観。その幸せを体験しようとアンテナを張ってみるところから、日本の美しさや良さを生かした環境への考え方がうまれ、日本ならではの暮らしの豊かさに繋がっていくのだと思います。

DATA

蒔田 智則(マキタ トモノリ)

“空気のエンジニア"としてエネルギーデザインの視点から建築に携わる環境設備エンジニア。環境設計事務所に勤め、デンマークを中心に様々な建築プロジェクトに携わっている。

Text by Tomoyo Yamaguchi
         

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