人のあたたかみを感じる “港区最後の下町”「白金」

2024.07.26

都内屈指の高級住宅地・港区白金。このエリアは大きく分けて白金台と白金のふたつの街から成り立っています。プラチナ通りとその周辺については白金台の回でお伝えしましたが、今回は白金高輪駅周辺、港区白金1~4丁目にスポットを当ててお送りします。

都会にありながら古き良き下町情緒も残る街・白金

町名が誕生したのは昭和44(1969)年のこと。麻布新広尾町、麻布田島町、芝三田老増町、白金三光町、白金志田町、白金台町等が合併し「白金」となりました。

現在は高級住宅地として瀟洒なマンションや一軒家が建ち並んでいますが、明治時代以前は畑や野原が広がっており、街として賑わいを見せるようになったのは明治時代の中頃~末期からだったようです。

「三光坂」を上ると高級住宅が多く建ち並ぶエリアに。

明治時代、広い土地があり、古川の水運も利用できたことから次々に町工場が建てられ、街が形成されたという歴史があります。

白金二丁目にある白金氷川神社。白鳳年間(飛鳥時代)の創建という古い歴史を持つ
「白金高輪駅」は2000年に開業。駅直結の複合施設「白金アエルシティ」には高級スーパー「クイーンズ伊勢丹」をはじめ飲食店やクリニックが入っている。

一方で、白金には「聖心女子学院」や「北里大学」を擁する文教地区としての顔もあり、瀟洒な街並みも広がっています。

高層マンションやおしゃれなカフェ、レストランもある一方で、昔ながらの商店街や町工場も近接し、少し不思議な雰囲気が漂う白金。

今回はこの地で会社を経営されているほか、商店会で地域活性化のための活動などもされている川本一歩さんにお話を伺いました。

ゆったりとした時間が流れる街並みが心地よい

――はじめに、白金にお住まいになったきっかけを教えてください。

川本さん(以下、K)28歳の時に職場から近いという理由で白金に引っ越しました。今から16年前(2008年)ですね。当時は地下鉄の南北線が開通する前で、“陸の孤島” なんて言う人もいました。今でこそおしゃれなカフェやレストランがたくさんありますが、当時はごく普通の住宅地だったんですよ。

個人経営の飲食店が建ち並ぶ商店街には、知る人ぞ知る名店も多い。

――16年前の白金の街はどんな様子でしたか?

K:「白金高輪駅」のそばにある「白金タワー」は2005年からありましたが、周辺は一軒家が多い住宅街で、その中に町工場が混ざっていて。夕方になると工場で働く人で商店街が賑わうような、下町情緒のある街でした。今でも町工場は残っていて、“港区最後の下町” と言われているそうですよ。

――白金に町工場のイメージがなかったのでとても意外に感じます。

K:そうですか?私がいつも行っているカフェも、隣がネジ工場なんです。今も現役で製造をされているんですよ。

――通りにも下町を感じる建物が多くて驚きました。

K:この辺りには外観はそのままで、内装をリノベーションをして新しくお店をオープンするところも多いんです。すぐに建て替えるのではなく、使えるものは活かす。下町の雰囲気を感じるのはそういった景観があるからかもしれません。

川本さんが行きつけのカフェ「ドロゲリア サンクリッカ」。イタリアのカフェにいるかのような内装が人気。
お洒落にリノベーションされた店舗が建ち並ぶ。

――白金にお住まいになって16年とのことですが、長く住み続けている理由はなんでしょうか。

K:やはり、住み心地がいいからでしょうね。長いこと地下鉄が通っていなかったので、その分バスが発達していて、「渋谷」も「新橋」もすぐなんです。都心の便利さはありますが、商店街や町工場があって、人のあたたかさも感じられる…。街がギスギスしていないんですよね。道を歩いている人も、なんだかゆとりがある雰囲気の方が多いと思いませんか?

――川本さんがこの街で大切にしたいものはありますか?

K:やっぱり “人の気持ち” ですね。街は人と人とが繋がってつくられるものだと思うんです。住んでいる人、商売をしている人みんなが互いを想い合う気持ちこそが、建物を大切に使ったり、暮らしやすい街を形成する原動力になるのではないでしょうか。

「白金商店街」

「人」と「街」が近いことが白金の魅力

――川本さんが参加している地域活動についても教えてください。

K:白金商店街のお祭りの運営や企画、広報活動などたくさんのことをさせてもらっています。私はこの街で飲食店を経営していて、お世話になっているからこそ、少しでも恩返しをしたいんです。

もっと街を盛り上げたいと、母の日には有名店の方々に出店いただき「マンマ・ミーア」というお祭りを開催しました。

また3月10日の “ミートの日” には「meet・meat」という全国の美味しい物を集めた物産展を行って、地元の方にとても喜んでいただけました。どのイベントも、大人も子どもも、住民の新旧に関わらず、みんなが楽しめるものにしたいという思いでやっています。

「青空白金グルメまつり マンマ・ミーア」イベント開催の様子。

―街にお祭りがあると、お子さん方はきっと喜びますね!街の子育て環境はいかがでしょうか。

K:子育て世代が増えていることもあって、環境はいいですよ。特に港区は教育に力を入れているので、その点にとても満足しています。コロナ禍で子どもたちが遊びに行けない間、行政が港区のグラウンドを開放してくれたこともありました。都会ながら公園が多いので、子供が小さい頃は歩いて色々な公園へ遊びに行っていました。

―川本さんのお子さんはどんなところで遊んでいるのですか?

K:この前はお友達と歩いて東京タワーに行ったそうですよ! ふもとには公園がありますし、サッカーグラウンドもあるんです。私は青梅の生まれなので、自分が子どもの頃、歩いて東京タワーに遊びに行くなんて想像したこともなかったですが(笑)

――最後に、川本さんにとって “豊かな暮らし” とは、どんなものでしょうか。

K: “子どもの成長を見届けること” ですね。この一言に尽きます。子どもが健やかに育ってくれることで、私の心も豊かになるんです。この街は、私にとっての “豊かな暮らし” を実現できる場所だと思っています。

――ありがとうございました。

「良い街になるには、そこに住む人たちの気持ちが大切」だと語ってくださった川本さん。今回お話を伺って、住む人が街を大切に思う気持ちや、古いものへのリスペクトといった形のないものが “豊かな暮らし” に欠かせないのではないかと考えさせられました。

ご多忙の中、街中をご案内くださった川本さん、ありがとうございました!

Text By Sayoko Murakushi
Edit By Saori Maekawa
         

MAIL MAGAZINE

   

こだわりの住空間やライフスタイルを紹介する特集、限定イベントへのご招待など、特典満載の情報をお届けします。

JOIN US

ベアーズマガジンでは記事を一緒に執筆していただけるライターを募集しています。

   
ページの先頭へ戻る
Language »