東京をサステイナブルな街に変える、環境認証制度
“LEED” と “WELL”

2024.09.27

SDGsやESG投資の考え方が広まり、環境に配慮する姿勢が街づくりの面からも重要視されています。そのような背景から今、注目されているのが “LEED”  や “WELL” などの環境性能認証システム。国内の大規模開発の認証に数多く携わる株式会社ヴォンエルフ代表取締役の平松宏城(ひらまつひろき)さんにお話を伺いました。

環境性能の認証システム「LEED」と「WELL」

平松さんのオフィスがあるのは、千代田区の外濠公園に面した法政大学にほど近い場所。大きな窓の外には桜並木がパノラマのように広がり、春にはお花見が楽しめる羨ましいロケーションです。

インテリアは床がフローリング敷きでキッチンや書棚がありアットホームな雰囲気。スタッフのリモートワークを金銭的に援助するなどのウェルビーイングな働き方を実践されています。

では、ヴォンエルフが携わっているLEEDとWELLの認証システムとは、どんなものなのでしょうか。

《LEED認証》

LEEDとは、アメリカのNPOが運営する建築や都市の環境性能を評価するための国際的な認証システム。この制度では、エネルギー効率の向上やCO2排出の削減、リサイクルの促進に加え、人々の健康に配慮されているかどうかも評価されます。認証を受けた建物は、環境に配慮していると社会に認識され、居住者の健康と生活の質が向上するとされています。

《WELL認証》

WELLとは、人々の健康とウェルビーイングに焦点を当てた、建築物や街区の環境性能を評価するシステム。例えば、オフィス環境の改善やメンタルヘルスの向上、コミュニティースペースの設置などによって、人々がより良い環境で過ごせる建物かどうかの評価を行っています。

健康経営や働き方改革等を目指すプロジェクトにとっては、その方向性や達成度をグローバルな指標で評価できることから、近年は国内でも大きな関心が集まっています。

大規模開発での採用は常識化

――海外には以前からこのような認証制度があったのですか?

平松宏城さん(以下、平松): LEED自体は1993年に始動したので、今年で31年目を迎えます。もともとは “どれだけエネルギーを削減するか ” に主眼を置いていましたが、サステイナビリティの概念が広まるに従って対象が徐々に広がっています。現在は水資源有効利用や排出物削減、リサイクル促進はもちろん、社会的な公正性や生物の多様性、暮らしの質なども評価するようになっています。

――今、国内の大きな開発では、大概LEEDを採用している印象があるのですが、実際はどうなのでしょうか?

平松:かなり高い比率で入っていると思います。「麻布台ヒルズ」、「虎ノ門ヒルズ」をはじめ「グラングリーン大阪」などの大規模な開発には軒並み使われています。最終的に採用しないケースもあるんですけれども、事前のスタディーだけは全部と言っていいほど行われていると思います。

「麻布台ヒルズ」
「虎ノ門ヒルズ」

――そこまで注目されるようになった背景としては、どんな理由が考えられますか。

平松:LEEDがリーシングに有効だという事を疑う人はいません。高い賃料を払える外資系の事業者が、LEEDを取っているオフィスビルにしか事務所を構えないというのは、実例としてたくさん出ています。

知られざる成長産業

――デベロッパーさんがLEEDやWELLの認証を取ろうと思ったら、こちらに相談に来るしかないんですか?

平松:いえ、他にもあります。オンリーワンではないけれど、数少ない窓口の1つです。シェアはナンバーワンだと思います。

――何年も先までお仕事が詰まっているそうですね。

平松:すごい成長産業なんですよ。けれども、一般社会や学生にはあまり知られていませんね。グローバルに仕事をしている方たちは『LEEDを導入しないとまずい』という状況になってきていると思います。WELLも同様ですね。

ヴォンエルフのオフィスでインタビューに応じてくださった平松さん。

証券マンから認証の世界へ

――もともとは金融畑のご出身だそうですね。

平松:20代は日本、30代はアメリカの証券会社で金融や投資の仕事をしていました。海外の金融技術を日本に持ってくることに喜びを感じながらやっていたんですけれど……徐々にキャリアチェンジを考えるようになりました。

そんな時に、海外では当たり前に実現しているのに日本では成し遂げられていないことは何かと考え、都市デザインがその1つではないかと思ったわけです。日本は景観が無秩序だったし、せっかく建てたものを短期的に壊している。そこで、環境に配慮しながら景観も整え、そこに富が蓄積するような都市デザインを仕事にできるといいなという思いで勉強し直して、NPO活動への参画を経て2006年に会社を作りました。

「セントラルパーク」の変化に衝撃

――当時は海外と東京とを比較すると、どのような違いがありましたか?

平松:証券会社時代にニューヨークに駐在をしていた時期があったんですけれども、“街並みが整っていて美しいデザイン” という点で東京とは大きなギャップを感じていました。

――平松さんは「セントラルパーク」を設計した人の伝記を出版されていらっしゃいますよね。どのような経緯で携わられたのでしょうか。

平松:アメリカでは20年以上前に出版されてベストセラーになった本なんです。あまりにも面白かったので、これは皆に知ってもらった方がいいんじゃないかと思い、翻訳をしました。設計者のF.L.オームステッド生誕200周年である2022年に、どうにか出版を間に合わせたことをよく覚えています。

『オームステッド セントラルパークをつくった男/時を経て明らかになる公共空間の価値』 Witold Rybczynski 著/平松宏城 訳(学芸出版社刊)

平松:実は1990年代に私がいた当時、ニューヨーク市の財政は破綻寸前だったんです。公園や道路整備などの公共予算は枯渇し、「セントラルパーク」や「ブライアントパーク」などの都市公園は犯罪の温床であり、夜間にトイレを利用することなどもってのほかという危険な空間でした。

そのような状況が2000年代後半から好転していきます。そこで重要な役割を果たしたのが「Central Park Conservancy(セントラル・パーク管理委員会)」です。その民間非営利組織が市と連携しながら運営方針を決めて資金調達まで行うことで、元々F.L.オームステッドの設計思想にあった『すべての人に開かれた公園』が蘇りました。“これだけの変化を空間に生み出しうるのか” という衝撃が、私を都市デザインの道に進ませた大きな理由の1つでもあったのです。

「セントラルパーク」

本当は庭のデザイナーになりたかった

――都市デザインというと、一般的にはデザイナーを指向しそうな気がします。認証を普及しようと言うのは、かなりレアな着眼点ですよね。

平松:本当はデザインをしたかったんです。最初は庭の設計施工をやっていました。でも素晴らしいデザイナーさんがたくさんいるし、これで世の中を変えることは私にはできないと思ったんです。その時に海外の事例で、認証を取っているところに良い投資がつくという傾向が現れ始めていることに気がつきました。

僕が証券会社を辞めたころは『ESGは悪だ』と言われていたんですよね。コストが上がってリターンが下がるから、やってはいけないと。しかし国連が主導して2006年からルールが変わり、『環境などESGに配慮する事は長期的に価値を生む』という考え方が徐々に広がり始めました。2015年にパリ協定やSDGsの概念ができたのも大きな転機になったと思います。

自然をデザインに取り込む街づくり

――現在認証を入れているデベロッパーさんは、画一的にならないようにいろいろ工夫を凝らして取り組まれていると思います。実際にそれは成功しているのでしょうか。

平松:「麻布台ヒルズ」の足元はファサードのデザインもかっこいいし、ウォーカブルな動線やバイオフィリックデザインなども取り入れていて、とても良いなと思います。「二子玉川ライズ」も歩行者優先で、週末は家族連れで大変賑わっていますね。

「麻布台ヒルズ」

――バイオフィリック認証とは、どういうものですか?

平松:LEEDの(暫定)認証項目のひとつで、自然を街づくりの中に取り込むデザインを評価するものです。

水の流れを取り入れた「麻布台ヒルズ」のランドスケープデザイン。

優良な緑地を作るための認証制度

平松:世界の大都市と比べると、東京はまだ緑地の面積が少ないのが現状です。それを改善するために今、国交省が都市大臣会議で民間投資を入れて優良な緑地を作るための認証制度を作っています。

――国も動き始めたということですね

平松:そうです、法律ができたんです。そういうところにきちんとお金の流れを作って、緑地を増やしていかなければならないという意識を、国も持っているということの現れではないかと思います。

「虎ノ門ヒルズ 森タワー」脇にある緑豊かな空間

認証を取っているものに投資が集まる

――LEEDなどの認証制度を活用することで、脱炭素へのロードマップを描きながら都市は緑豊かになり、歩行者や自転車などの動線も充実します。そしてそこに人や企業を呼び込むことで、キャッシュフローが生まれる。客観的に評価されるものがあると、良い循環が生まれますよね。

平松:『脱炭素を実現できる経路の乗っている建物でなければ投資できない』とヨーロッパの年金基金などのアセットオーナーは言っています。脱炭素を実現するための具体的な計画が立たない建物は手放すと言っているんですよね。その見極めを、僕たちはやっているんです。今は東京に集中してしまっていますが、もしゼロカーボンの物件があれば、地方でも投資対象になるかもしれない。そうやって地方エリアの価値を高めることで、お金の流れが変わる可能性もあると思います。

「麻布台ヒルズ」

住みやすく働きやすい街づくりのために、重要な役割を果たしているLEEDやWELLなどの認証制度。次週は、地方における開発なども視野に入れた今後の可能性について、引き続き平松さんにお話を伺います。

DATA

平松宏城 Hiroki Hiramatsu

日米の証券会社から環境NPOを経て、社会起業家として2006年に㈱ヴォンエルフを立ち上げる。
2013年、非営利活動として(一社)グリーンビルディングジャパンを立ち上げ、設立から8年間代表理事を務める。
2021年、日本政策投資銀行と米国認証審査機関GBCIとの共同出資で㈱Arc Japanを立ち上げ、ヴォンエルフでのサステイナビリティコンサルティングに加え、都市や不動産のESG性能のベンチマークも推進する。
woonerf.jp

Text by kyoko Hiraku
Edit by Saori Maekawa
         

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