東京の食を支える「築地」。変化する街と守り継がれる想い
“東京の台所” として愛されている築地。「築地場外市場」やその周辺には飲食店が立ち並び、築地市場が豊洲に移ってからもインバウンドをはじめとする観光客で連日賑わいを見せています。今回は長きにわたって築地に店を構え、鶏肉の卸しや飲食店などを営む「鳥藤」の代表取締役社長である鈴木昌樹さんに、築地の魅力やこれからの展望について伺いました。
「西本願寺別院」のために誕生した築地
街の歴史の始まりは、江戸時代まで遡ります。1657年の「明暦(めいれき)の大火」で焼失した「西本願寺別院(現・築地本願寺)」の再建のために、海を埋め立てて土地を築きました。その土地こそが築地で、名称の由来にもなっています。その後、多くの商人や職人がこの地に集まり、江戸の経済と文化の中心地として発展していったのです。
明治時代に入ると日本で最初の西洋ホテル「築地ホテル館」が開業。西洋の文化が流入し、洋館などが建ち並ぶハイカラな街へと変貌を遂げました。
そして、築地の名を全国区にしたのが1935年に開設された「築地市場」。新鮮な魚介類や野菜などを取り扱い、東京の食文化の中心として国内外から注目され、その人気を不動のものとしたのです。ちなみに、2018年に豊洲に移転した築地市場の跡地には、5万人が収容できる多目的スタジアムや商業施設などが建設される予定も。大規模な再開発によってますます進化する、これからの築地からも目が離せません。
生粋の築地っ子が語る、地元の魅力と展望
築地の楽しみといえば、450店舗以上が軒を連ねる「築地場外市場」。誰でも気軽に食事や買い物ができ、いつ訪れても活気にあふれています。その中には老舗も数多く存在しており、今回伺った「鳥藤」もその1つ。お話を伺った鈴木昌樹さんは4代目で、生まれも育ちも築地ということもあり、地元への並々ならぬ愛情を語っていただきました。
――「鳥藤」は明治40年創業とのことですが、当初から築地にお店を構えていたのでしょうか?
鈴木昌樹さん(以下、鈴木):まずは浅草で鶏料理屋を開業し、その後日本橋で鶏肉卸問屋として移転。しかし、大正12年の関東大震災で焼失してしまい、築地に移りました。そのタイミングで「鳥藤」も築地場外市場での営業をスタートしたので、築地は今年で96年目になります。
現在は鶏肉や鴨肉に加えて、自社の加工品や惣菜なども販売しています。さらに親子丼専門店「鶏めし 鳥藤分店」や中華そば専門店「鳥藤 とりそばスタンド」などの飲食店、今年の3月には私の夢だった小売専門の店舗も「麻布台ヒルズ」にオープンしました。
―― 鈴木さんは生まれも育ちも築地ということですが、街に対してどのような印象をお持ちですか?
鈴木:豊洲に移った市場の人たちと私を含む場外市場の人たちでは、街の捉え方が異なります。市場の人たちにとっての築地は職場ですが、私たちにとっては生まれ育った地元なんです。昔は店の上に住んでいる人もたくさんいて、そこから「築地小学校」に通っていたんですよ。
廃業などしてしまってだいぶ少なくなってしまいましたが、今でも小学校の先輩や後輩が継いでいる店が場外市場には多いんです。彼らとよく集まって築地について話すのですが、下は30代から上は長老まで常識的な上下関係はありつつも、お互いの主張を言い合える大切な仲間です。
―― 小学校の仲間との関係が今も続いているのは素敵ですね。
鈴木:みんな築地愛が強くて、もっと良くしたいと思っています。その共通認識があるからこそ、私たちの絆がより強くなっている気がします。先日は仲間と「築地銘店会」を作ろうかという話をしました。場外市場はもちろん、周辺にも老舗がたくさんあるので、そうした店の暖簾も守っていきたいね、と。
また、仲間とは築地のお祭りも一緒に盛り上げています。私がお祭りの会長をやっているのですが、これも祖父の代から引き継がれているんですよ。お祭りはおじいちゃんからお孫さんまで集まって、仕事や取引など関係なく平等に熱くなれる、この街の発展に欠かせない行事でもあります。だからこそ思い入れもありますし、いつまでも守っていきたいですね。
―― では、住む街としての築地の印象はいかがでしょうか?
鈴木:昔とはだいぶ変わりましたよね。築地には20階や30階建てのタワマンはないですが、マンションはかなり多くなった印象です。かといって住み心地が悪くなったこともなく、共存している感じがします。
市場の跡地にはスタジアムもできるので、今後はもっと住人が増えてくると思います。私は住人が増えるのは大賛成です、街も元気になりますから。そうなると場外市場も昼過ぎに営業が終了するのではなく、夕方や夜まで営業するスタイルに変えていかないといけない。 “食” の部分で、住む人たちをしっかり支えていきたいと思っています。
―― 今のお話に出た築地市場跡地の再開発についてはどうお考えですか?
鈴木:場外市場をはじめ、築地は特有の雑多感が人気の街です。ただ木造の建物も多く、近年のゲリラ豪雨や大寒波、地震といった自然災害のことを考えると、もっと整備しないといけないとも感じています。この街では “食” を扱っているので、いざというときに機能しなくなると、困る方がたくさんいらっしゃいますから。とはいえ日本橋のようなビル群にしてしまうと、築地の魅力を半減させてしまう……。どう整備していくのが正解なのか、答えが出ていないというのが正直なところです。
築地を知り尽くした鈴木さんの築地の楽しみ方とは?
―― 鈴木さんのおすすめの場所、行きつけのお店を教えてください。
鈴木:まずは「波除稲荷神社」ですよね。会社としても個人としても毎年ご挨拶していますし、前を通る際も欠かさずお辞儀をしています。特に神道が好きなわけではないのですが、築地に暮らす人や働く人たちにとっての “心” なんですよね。
鈴木:場外市場の話となると、やっぱり “食” は外せません。築地にはパッと食べてパッと帰れるお店が多くあり、私の場合は寿司屋でも喫茶店でも滞在時間は20分くらいです(笑)。
行きつけのお店を挙げると、コーヒーでいったら「米本珈琲店」。今は築地小学校の後輩がやっているんですが、毎日通っていますよ。
鈴木:ラーメンなら「若葉」。いつも大将がチャーシューをサービスしてくれて嬉しいけど、年齢的にはキツくてね(笑)。この店はラーメンが美味しいのはもちろん、築地の街並みを眺めながら食べられるのも魅力です。街を眺めながらといえば「きつねや」もそうですね。煮込みが有名ですが、個人的には牛丼がおすすめです。
鈴木:そばなら「長生庵」、寿司なら「築地寿司清」など、築地の楽しみ方はやっぱり “食” ですよね。今回紹介したのはすべて仲間の店で、どこも古くからやっている老舗です。すごく美味しいので、築地に訪れた際はぜひ行ってみてください。
―― 最後に、鈴木さんにとっての「豊かさ」とはなんですか?
鈴木:やはり、築地に訪れる人たちを笑顔にすることです。これからスタジアムや商業施設ができる上、地下鉄が開通する計画もあり、街がガラリと変わります。その変化を受け入れつつ、築地ならではの魅力をどのように維持していくかを考え、皆さんを笑顔にする街づくりをすることが私たちの使命だと思っています。
市場が豊洲に移ってからも、東京有数の観光地として変わらず人気を博している築地。今後の再開発で大きく変わっていく街と昔ながらの築地場外市場がどう共存していくのか。今後の展開が楽しみです。
鈴木昌樹 SUZUKI MASAKI
「鳥藤」代表取締役社長 阪急百貨店の鶏肉屋で修行を積み、満を持して「鳥藤」へ入店。4代目になってからは親子丼専門店「鶏めし 鳥藤分店」をオープンさせるなど、「鳥藤」の未来に向けて新しい業態にも力を入れている。
鳥藤 麻布台ヒルズ店
麻布台ヒルズマーケットに2024年3月にオープンした店舗では、日本全国の産地から直接仕入れた地鶏や銘柄鶏、合鴨などを提供。
鍋用・唐揚げ用カット肉や味付け肉など、鶏肉専門店として豊富なランナップを揃えている。
東京都港区麻布台1丁目 ガーデンプラザC B1F 麻布台ヒルズマーケット
℡03-6441-0817
toritoh.com