物件が建つ “旧高輪南町” の魅力とは?

2022.10.07

1974年、品川駅にほど近い閑静な高級住宅地 “旧高輪南町” の一画に、地上10階建てのレジデンス「ドルフ・ブルーメン」が誕生しました。大きな窓から豊かな緑を望む、このマンションの希少なワンフロアにBEARS社が出会ったのは、2022年春のこと。

先立って、神宮前のヴィンテージマンション「コープオリンピア」最上階のリノベーションを手がけた小大建築設計事務所(一畳十間)とBEARS社がふたたび手を組み、都心では珍しい約237m²の大空間を生まれ変わらせることになりました。

都内有数の由緒ある立地にして、新幹線や空港へのアクセスも良好。高度経済成長期に “理想の住まい” を追求した、優雅な建物に込められた想い。豊かな緑に囲まれた、広々としたワンフロア空間のポテンシャル。

さまざまな魅力を持つこのヴィンテージ物件が、現代の “理想の住まい” として、どのように生まれ変わるのか。全5回にわたってレポートします。

第1回目は「ドルフ・ブルーメン」が建つ “旧高輪南町” を歩きます。江戸・東京の発展の歴史とともに歩んできた、港区高輪エリアの魅力をご紹介します。

さらなる進化が期待される「品川」駅周辺

現在の港区高輪3〜4丁目あたりに位置する “旧高輪南町” は、JR・京急「品川」駅の西側に広がる坂の街です。

東西交通の大動脈として発展した「東海道」に面し、かつては間近に海を望んだという風光明媚な高台に、江戸時代には薩摩藩をはじめとする諸藩の武家屋敷が並び、明治以降は皇族や財界人などの邸宅が数多く建てられました。

最寄りの「品川」は、東京を代表するターミナル駅。日本で最も古い鉄道駅のひとつとして1872(明治5)年に開業し、戦前から戦後へと東京の発展を見守ってきました。

品川駅西口の目の前を走る大通りは、かつての「東海道」を引き継ぐ第一京浜(国道15号)。現在、西口駅前広場を国道上空デッキへと再整備する「品川未来プロジェクト」が進行中。MaaS(Mobility as a Service)拠点として歩行者とモビリティが共存する “次世代型交通ターミナル” が計画されている

各地への在来線や東海道新幹線、羽田・成田空港へのアクセスに優れ、さらに2027年以降に開通する「JR東海リニア中央新幹線」の始発駅になることが決定。周辺地区の開発計画も加わり、交通と経済の要所として、さらなる進化が期待されています。

歴史が薫る「柘榴坂」を上って

「品川」駅西口を出ると、駅前をまっすぐにのびるのが「柘榴坂(ざくろざか)」です。

作家・島崎藤村の自伝的小説『桜の実の熟する時』は、明治20年代を舞台に、この坂を描いたシーンからはじまります。

日蔭に成った坂に添うて、岸本捨吉は品川の停車場手前から高輪へ通う抜け道を上って行った。客を載せた一台の俥(くるま)が坂の下の方から同じように上って来る気勢(けはい)がした。石塊(いしころ)に触れる車輪の音をさせて──

小説に描かれた、胸のあたりに金ボタンを光らせた当時の学生たち、さらにその昔の武士たちが闊歩した頃には、坂下に品川の海が白く光り、丘へわたる潮風が鼻をくすぐったのかもしれません。

柘榴坂を上り、右手に見えてくるのが「グランドプリンスホテル新高輪」です。

木々の緑に白亜の建物が映える「グランドプリンスホテル新高輪」。向かいに建つ「カトリック高輪教会」はガラスと金属の質感が印象的

1982年、名建築家・村野藤吾の設計により、北白川宮邸の跡地に開業しました。客室棟の整然と連なる半円型のバルコニーはレース編みのような繊細な装飾が施され、都心にありながら優美なリゾート感を漂わせています。

柘榴坂の向かい側、御殿山方面への道を曲がると、現在リノベーション中の「ドルフ・ブルーメン」が姿を現します。

煉瓦色のタイル張りが目を惹く外観

敷地の入口に立つのは、戦後の彫刻界を牽引した本郷新による一対の彫刻『花束』。花束を掲げた二人の少女像が向かい合い、住民や訪れる人を迎えます。

マンション奥に面した「いちょう坂」の向こうは「品川プリンスホテル」の敷地です。

同ホテルの「高輪テニスセンター」や「高輪ゴルフセンター」が隣接しているので、日常的にテニスやゴルフを楽しみたい方には嬉しい立地。さらに「いちょう坂」を下れば、映画館「T・ジョイ PRINCE 品川」や水族館「マクセル アクアパーク品川」も歩いてすぐです。

由緒ある “旧高輪南町” をさらに歩く

さらに「グランドプリンスホテル新高輪」の北東に広がる「グランドプリンスホテル高輪」へと歩みを進めます。

敷地内の約20,000m²におよぶ日本庭園は美しく手入れされ、宿泊客でなくても自由に散策できます。こんな場所が住まいの近くにあったら、四季の変化が一層楽しみになりそうですね。

1953年、竹田宮邸の跡地に開業した「グランドプリンスホテル高輪」。日本庭園には鯉の泳ぐ池、鐘楼や観音堂などが点在する

同ホテルの東側には、1911年に竣工した「旧竹田宮邸洋館」が現存しています。ネオバロック様式の重厚な洋館は、片山東熊による設計。目の前を通る「さくら坂」は日本庭園前を経て、品川駅前へと繋がっています。

「旧竹田宮邸洋館」は現在「貴賓館」として式場や会食の場などに利用されている。駅前へと続く「さくら坂」は緑豊かな桜の名所

今度は「二本榎通り」から柘榴坂上の「ドルフ・ブルーメン」を通り過ぎ、“御殿山” 方面へ向かいます。

瀟洒なマンションや大使館、ゆったりとした邸宅が建ち並ぶこのあたりは、江戸の昔、徳川家康公の鷹狩りや接待のための御殿があったことから “御殿山” と呼ばれ、品川の海を一望できる桜の名所だったそう。

二本榎通りから御殿山へと閑静な住宅地が続く。写真左下は駐日アイスランド大使館

さらに進むと、大通りに抜ける手前に、鬱蒼とした森がありました。

東側の森は、11,200坪もの広大な敷地面積を有する「開東閣」(旧岩崎家高輪別邸)のもの。堅牢な石塀に囲まれた内側に建つのは、三菱財閥の岩崎弥之助が築いた洋館。一般公開はされておらず、現在は三菱グループの倶楽部として使われています。

都心とは思えない密度の木々に挟まれた道。東側の「開東閣」は、岩崎弥之助が御殿山の一画にあった伊藤博文の邸宅地を買い取り、1908(明治41)年に完成。設計は「鹿鳴館」を手がけたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルによる。通りからは見えない豪奢な洋館の姿は港南側の高層ビル群から垣間見ることができる

一方の西側に繁るのは、旧ソニー本社跡地を開発した「ガーデンシティ品川御殿山」の木々。こちらは公開緑地として自由に散策できます。この日は雨上がりの草木の匂いに思わず深呼吸。

さて、“旧高輪南町” 散策はいかがでしたか?
実際に周辺を歩いていただくと、この背筋が伸びるような空気を感じていただけるはずです。

次回は、高度経済成長期に『本当に理想的な住まいとは何か』を追い求めたヴィンテージマンション「ドルフ・ブルーメン」と同シリーズの魅力に迫ります。
どうぞお楽しみに。


「ドルフ・ブルーメン」シリーズ記事はこちら

第1回:物件が建つ “旧高輪南町” の魅力とは?
第2回:理想の住まいを追求したドルフ・ブルーメンの美学
第3回:創造性とぬくもりに満ちた空間へ。そこに込められた想いとは
番外編:一畳十間、時を超える扉を探して
第4回:ドルフ・ブルーメン、完成。歴史と文化を受け継ぐディティール
第5回:非日常のくつろぎと愉しみを大空間に散りばめた家

Text & Photos by Jun Harada
         

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