品性とのどかさ、相反する色が混ざりあう「上野毛」

2025.10.24

東急大井町線沿いの人気駅・二子玉川と自由が丘に挟まれた、知る人ぞ知る高級住宅地「上野毛」。二つの街に比べるとどこか素朴な印象で、名前を聞いても街のイメージが湧かない方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回はそんな街が長年愛され続ける理由を探るべく、この地で20年近く暮らされている株式会社資生堂の安藤 美奈子さんにお話を伺います。

上野毛の閑静な住宅地
閑静でゆったりとした時間が流れる上野毛の住宅地

太古から愛される崖上の安住地

上野毛の “野毛” とは “崖” を意味する言葉。多摩川沿いに連なる「国分寺崖線」上に位置することからその名が付けられたそうです。高台にあって日当たりや眺望が良く、河川氾濫の影響を受けにくいことから、古くより安住の地として親しまれてきました。

その歴史は古墳時代にまで遡ります。上野毛の東側には「野毛大塚古墳」や「上野毛稲荷山古墳」をはじめとする古墳が点在。生活の痕跡と言える貝塚も多数発見されており、約1600年前から豊かな暮らしが営まれていたことがわかります。

秋の野毛大塚古墳とその出土品
「野毛大塚古墳」とそこからの出土品。武具類も発見されていたことから、ここにはその土地で有力な首長が眠っていたと考えられる。

時を経て、明治期に入ると高級住宅地としての認知がゆるやかに浸透。この頃に東急グループの創始者である五島慶太氏の邸宅が建てられたことは有名です。ちなみにここは後に、彼自身が半生をかけて集めた美術品を展示する「五島美術館」へと生まれ変わっています。

平日昼下がりの五島美術館・本館

昭和初期には世田谷区の4分の1もの地域で行われた造成に伴って、上野毛を縦断する環状8号線と東急大井町線の「上野毛駅」が整備されました。これによって交通の便が飛躍的に向上し、豊かな暮らしが叶う住宅地としての地位が確固たるものとなったのです。

人を惹きつける、大井町線の魅力

今回お話を伺う安藤 美奈子さんは、横浜・みなとみらいにある「資生堂グローバルイノベーションセンター」で製品のブランド価値創出に携わっていらっしゃいます。上野毛に安藤さんが引っ越してきたのは実に19年前。旦那さまの転勤に伴って一時シンガポールへ移住しましたが、再びこの地へと戻って来られたそうです。長く住み続けたいと思わせる街の魅力について伺ってきました。

——この街に住もうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

安藤 美奈子さん(以下、安藤):実は上野毛に来る前、自由が丘に住んでいたんです。私は群馬出身なんですが、上京する前から「自由が丘」という街にとても憧れていて(笑)。ただ結婚して子どもができたときに、もう少し広い家に引っ越した方が良いと思い、近辺の大井町線沿いで探していたんです。そしてようやく見つけたのが、上野毛の物件でした。

上野毛の街を走る東急大井町線
街中の高架を走る東急大井町線

——大井町線に絞って探されていたんですね。

安藤:そうなんです。東京なのに路線が短くて、特に自由が丘と二子玉川の間にある駅はハイソでありながら、どこかローカルな感じがするところが大好きで。ここからなら職場がある横浜方面にも出やすいですしね。

のどかな “ファミリータウン” 

——上野毛に住んでみた印象はいかがですか?

安藤:本当に “都会の中の田舎” みたいな感じですね。街中を歩いていると個人の方が運営されている農園がところどころにあったり、朝採れの野菜や果物が買える無人販売所があったりして、とてものどかなんです。実はこの辺りはぶどう畑も多くて、「藤稔(ふじみのり)」というブランド品種があるんですよ。

職場がある横浜と比べてもカラーが全く違います。横浜は外から来る人が多くて賑やかなんですが、上野毛を行き来する人は地域の人がほとんどで穏やかな印象です。

安藤:それから “ファミリータウン” というイメージもありますね。保育園や小学校、公園が近くにありますし、交通量や治安の良さも考えると小さな子どもと暮らしやすい街です。二子玉川に楽天の本社ができた時には、そこで働く方のご家族が一気に増えました。

区立の学校がしっかりしているのもファミリーにとって魅力的なんですよ。「玉川小学校」は150年続く伝統校で、そこに子どもを通わせるために移住してくる方が多くいます。「玉川中学校」も人気で、私の子どもの代ではクラスの半分くらいがあえて中学受験をせずに進学していました。

緑も生活必需品もすぐそばに

——この辺りには自然を感じられるスポットも多くありますよね。

安藤:そうですね、「駒沢公園」に自転車で行けるのは私にとって大きなメリットだと思っています。朝の6~7時台に行くとあまり人がいなくて、木の香りがして、気温も低くて、都内にいながらマイナスイオンを感じられるんです。

それから「砧(きぬた)公園」も有名ですよね。敷地内に「世田谷美術館」があるんですが、そこにあるレストランがおしゃれでおいしくて。ママ友の中には食事だけのために行く方もいるくらいです。

平日昼間の駒沢公園。ランニングをする人もいる。
平日昼下がりの「駒沢公園」。ここでのランニングが安藤さんの日課なのだそう。

安藤:「等々力渓谷」から「五島美術館」を巡るコースも定番です。平日の昼間に行くと、帽子を被ってリュックを背負ったかわいいおじいちゃん・おばあちゃんの団体を良く見かけます。歩いて1時間もかからないので、ちょうど良いハイキングコースなんでしょうね。

立ち入り禁止になる前の等々力渓谷の遊歩道
都内とは思えないほど深い緑を感じられる「等々力渓谷」(※2025年10月現在、樹木の剪定・伐採作業により遊歩道への立ち入りが禁止されている)

——日々のお買い物はどうされていますか?

安藤:街全体がコンパクトで、自転車でぐるっと回るだけで生活に必要なものがすべて揃います。以前は食材を買い出しに碑文谷まで行っていたんですが、駅前に「オオゼキ」ができて一気に便利になったんですよ。

“らしさ” がないのが街らしさ

——駅の周りにはさまざまなタイプの飲食店がありますよね。

安藤:そうなんです。二子玉川駅周辺が開発されて若い方が増えた影響か、おしゃれなカフェやレストランがすごく増えました。中でも印象的なのが、町田で超有名なパフェ屋さんが出した「ラトリエ・ア・マ・ファソン」というお店です。上野毛でも人気を集めて休日には行列ができるんですが、たまにそのすぐ近くにある「ラーメン二郎」の行列とぶつかるんです。1本の行列に見えるけど、一目で誰がどちらに並んでいるのかわかるのがなんだかシュールなんですよ(笑)

「ラトリエ・ア・マ・ファソン」(右手前)と「ラーメン二郎 上野毛店」(左奥)。両店舗の間で行列が繋がる瞬間が目に浮かぶ絶妙な距離感。

——真逆の雰囲気のお店が同居しているのはなかなか面白いですね(笑)

安藤:同じ大井町線沿いでも「等々力渓谷」がある等々力や、「オーボンヴュータン[*]」がある尾山台みたいに、上野毛にはシンボル的なものがないんです。だからこそ固定観念にとらわれることなく、色んなお店が入って来られるのだと思います。

*尾山台でカリスマ的人気を誇るフランス菓子のお店

住民の交流を深める名店たち

——他におすすめのお店はありますか?

安藤:「74 cabotte(ナナヨン カボット)」というナチュールワインのお店ですかね。ここの2階では月に1回試飲会が開催されていて、ご近所の方が集まる交流の場になっています。そこで私は「テイパーズ キッチン」というデリカテッセンのオーナーさんと仲良くなりました。上野毛で有名なサンドイッチ店を営む家の娘さんがやっていて、とても美味しいんですよ。

安藤:「鴻龍(コウリュウ)」という昔からある中華料理屋さんもおすすめです。引っ越してきてすぐに訪れたとき、それを察してか店員のおばちゃんが話しかけてくれて、すぐに仲良くなりました。味はもちろんですが、そんな人の温かさもお気に入りです。

上野毛にある中華料理屋「鴻龍」
お店の外観からも温かみを感じる「鴻龍」

“好き” にすぐ手が届く豊かさ

——最後に、安藤さんにとっての “豊かな暮らし” とはどんなものですか?

安藤:手のひらの中に自分の “好き” が詰まっている暮らしは豊かだなと感じますね。例えば、私は休日のルーティンがある程度決まっているんです。朝早くに自転車で駒沢公園まで行ってランニングをし、帰り道で農園の販売所を覗いてみたりパン屋に立ち寄ったりして、帰ったらワインを飲んでゆっくりする。あえて狙わなくても、自分の好きなものが生活導線の中で自然と揃う環境は最高だと思います。

富士見橋からの景色。楽天の本社ビルが見える。
関東の富士見100景にも選ばれた「富士見橋」からの景色。空が澄み渡った日には奥に富士山を望める。

 “ここはこんな街” といった固定観念がないからこそ、ハイソでおしゃれな雰囲気とローカルで温かな雰囲気が同居する上野毛。一見素朴でありながら、さまざまな街の良いとこ取りをしたような場所でした。老若男女問わず、誰が住んでも魅力を感じる部分がきっと見つかるのではないでしょうか。

Text by Sotaro Oka
Edit by Saori Maekawa
DATA

安藤 美奈子 Minako Ando

株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所 グローバルブランド価値開発センター
bSHISEIDO R&D G ディレクター

群馬県出身。大学院を卒業後、研究員として株式会社資生堂に入社し、スキンケア商品の開発に約12年携わる。その後、ブランド価値開発研究所に配属。商品の機能的価値とブランド価値を最大化するため、開発やマーケティングの戦略を設計する役割を担っている。

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