フィンランドに見る、心地よい暮らし

2022.12.23

私たちが、もっとも長い時間を過ごす“住まい”。
住まいにおいて心も体もゆったりと、あたたかで心地よく過ごせることは大切な要素の一つです。

緑に囲まれた部屋にやわらかな太陽の光が注ぎ、穏やかに流れていく時間。
自然の恵みを感じながら、家族や親しい仲間と過ごすひととき。
”あたたかで心地の良い住まい”を思うとき、人々と自然が融合しながら過ごす風景が浮かんできます。

今回は、編集部の辻本が、幸せの国として知られるフィンランドを訪れて感じた北欧のデザイン・住まいづくりから、心地良い暮らしのヒントに迫ります。

フィンランドの国の資源は、”ひと”と”自然”。

フィンランド・ヘルシンキにて。 海辺のベンチで思い思いに憩う、現地の人々の様子。

辻本 祐介(以下 辻本):フィンランドと聞くと、穏やかでゆっくりと時間が流れているイメージがありますが、実はグローバル企業を輩出する”ベンチャー大国”とも言われています。

のんびり過ごす風土がある一方で、どんどん新しい産業が生まれるスピード感と柔軟性を併せ持つ国。そんな国での暮らしに触れ、日本でのライフスタイルにどう活かすことができるかを今回の旅から考察していきたいと思います。

今回最初に訪れたのは、フィンランドの首都・ヘルシンキ周辺。

フィンランドは日本の約90%の国土面積に550万人が暮らす、自然の割合が多い国です。なかでも森と湖が多く、国土の78%は森が占めているのだそう。
北欧の中でも小国で物的資源の少ないフィンランドでは、”ひと・森・水”そのものが国の資源となっています。

たとえば、公共の建物にも木が多用されているなど、ひとと自然の豊かなつながりを見出すことができます。

世界で最も美しい図書館に選ばれたヘルシンキ中央図書館「Oodi」。 ガラス張りの上部と、木の波打つ下部の曲線が印象的。
階段でも読書や休憩ができるつくりで、それぞれ好きなスタイルでくつろいでいる。

木のあたたかみを感じつつ機能的なデザインに設計されているパブリック空間からも、人と自然がバランスよく調和する心地よさを体感することができました。

デザインが溶け込む街、ヘルシンキ。

辻本:私がヘルシンキを訪れた2022年9月頃、ちょうどデザインの祭典・ヘルシンキデザインウィーク(略:HDW )が開催されており、街中では多くの展示がおこなわれていました。

日本で開催されるデザイン展に訪れる人は、私たちのような建築に携わる人やホテルの空間づくりを担当する人、小売を営む人など、おもにビジネスできている人が多いイメージですが、HDWでは子連れの家族など、一般の来場者が半数を占めています。

この光景から、家具やデザインがコミュニケーションのきっかけのひとつになっていて、デザインを見ること自体が、人々の生活に根付いた身近な文化であることがうかがい知れます。

・子どもを連れ、デザインウィークにやってくるママ達/中央・家族で家具を見ている様子。HDWが生活に直結するデザインの祭典になっていることがわかる。/・北国生まれのシンプルで温かみのあるライフスタイルブランド『PENTIK 』

サウナは日常の身近なルーティンのひとつ

近年日本でも流行している、フィンランド生まれの文化SAUNA(サウナ)も、デザインと同じようにとても身近な文化として存在しています。

・フィンランドの家庭にあるサウナ/・フィンランド最大のサウナメーカー・HARVIAの自宅用サウナ

冬場の厳しい寒さを凌ぐとともに、自然の恵みを生活に役立て共生していく、というフィンランドの生活スタイルから生まれたサウナ。

日本では共用の物というイメージが強いですが、フィンランドでは家庭に一般的にあるもので、家族団らんの場所として日常的に使われています。

サウナの入り方にこれといった決まりはなく、みんなが自分に合ったスタイルで、お互いを受け入れながらそれぞれの時間を過ごすことが一般的。

フィンランドの人々にとって、サウナは生活に根付いた文化であり、暮らしを豊かにしてくれる身近な存在なのです。

空間の余白をカスタマイズすることが、豊かな暮らしにつながる。

辻本:次に向かった先は、フィンランドを代表する建築家・アルヴァ・アアルトの自邸兼設計事務所。

ヘルシンキの街中のカフェで「この取っ手はアアルトの設計だ」と気づくほど、彼のデザインは街の人々に浸透しています。

アルヴァ・アアルト(1898-1976)
フィンランドのクオルタネに生まれ、生涯で200を超える建物を設計。そのどれもが有機的なフォルム、素材、そして光の組み合わせが絶妙な名作として知られる。

アアルトデザインの取っ手。街中で彼のデザインを見ることができる。

そんな巨匠アアルトの自邸は、ヘルシンキ中央駅から北西へ5km進んだ、緑豊かな住宅街の一角にあります。

街自体は観光のために再開発されている様子もなく、当時の佇まいがそのまま残っていて、人と自然がゆるやかに共存する雰囲気の良さがありました。

かつて、効率のよい職場環境が優先され、職住分離が進んだ時代を経て、職場と住居が融合した暮らしの時代に戻りつつある現在。

80年前、ちょうどアアルトがこの自邸で仕事をしていた頃と現代の生活スタイルが重なることに、運命めいたものを感じながら巡っていきました。

上段・アアルトの自邸・外観。/下段左・窓に面する作業机には、定規などの仕事道具が置いてある。/下段中央・木の引き戸を挟んで奥が事務所、手前がリビングスペース。/下段右・1階にはお客様をお招きできるダイニングスペースがある。

アアルトの自邸は、パブリックスペースとプライベートスペースがフロアで分かれていて、1階に応接間としてのダイニングスペースが、2階に自宅として家族で使う空間が配置されています。

プライベートスペースも、仕事場とリビングを扉で仕切って使うなど、部屋を用途別に切り分けすぎない部分があり、現代の住空間の構造と似ています。

アアルトのデザイン家具。形や素材がふぞろいな物が置かれていても、雑然とせず居心地のよい空間になっている。

日本では、狭い空間の中にすっきりと物を配置することが優先されがちですが、アアルトの自邸には、広い空間の中にいかに余白を作っていくかという視点が詰まっていました。

設計時に用途別に部屋を細かく仕切るのではなく、家族や友達と食事をしたり、仕事をしたり、お客様のおもてなしをしたり、住まう人々がその時々に応じてカスタマイズできるよう、空間を自由に捉えていく。

適度にプライベート空間、パブリック空間があり、それぞれの間をつなぐような余白の空間もある。日本の住空間をつくる上で、用途を決めすぎない、空間のグラデーションの中で暮らす感覚というものを取り入れたいと感じました。

・外との接点を遮断しすぎない、自然光がたっぷり入るよう設計された作業机。/・ダイニングで座った目線の先には大きな窓があり、そこから庭が眺められる作り。

心地よい暮らしは、経年変化を楽しむ意識から作られる。

ヘルシンキ・フィスカルス。 今回訪れた中でも穏やかな幸せを感じた街。

辻本:フィンランドの旅を通じて、彼らの生活の豊かさは日常の意識のなかにあるということが見えてきました。

たとえば、ソファの革が傷むと部分的にリペアして使うなど、家具や物の経年を楽しみながら、修繕したり物の配置を変えたりしながら大切に使っています。家具や物を使い続ける中で、どんどん愛着が湧き、変化を楽しみながら生活する風景がそこにはありました。

生活するなかで、ひとと物と空間が馴染み、心地よさが増していくフィンランドの暮らし。

空間の完成を目指すことにとらわれず、住む人が大切にしたい時間をイメージして、暮らしの変化や経年に対して住まいを柔軟にアレンジしていくことが、心地よい暮らしへの第一歩になるのではないかと感じました。

         

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