武家屋敷町の品格を今に留める最高級住宅地「三田綱町」

2023.03.03

古くからのお屋敷町として、都心の一等地の中でもひときわ格式の高いイメージがある三田エリア。旧逓信省簡易保険局庁舎跡地に誕生する「三田ガーデンヒルズ」の完成を2025年に控え、今この場所に、にわかに注目が集まっています。知る人ぞ知るこのエリアにもし、これから住むことになったらどんな暮らしが待っているのでしょうか。すでに居住されている方にお話を伺いました。

東京湾を望む風光明媚な地

高級住宅地として特にポテンシャルが高いのが、慶應義塾大学から「綱町三井倶楽部」の東側の塀に沿った「綱坂」を上っていく高台なった一角。ここは通称「三田綱町」と呼ばれています。イタリア大使館とオーストラリア大使館があり、高層マンションの先駆けと言われる「三田綱町パークマンション」、開発中の「三田ガーデンヒルズ」の広大な敷地があるのもここです。

高台のふもとに位置する慶應義塾大学三田キャンパスと中等部の間の道が途中から「綱坂」になっていく。左手に見えるのが「綱町三井倶楽部」の塀。
綱坂に沿って慶應義塾大学三田キャンパスに隣接するのが駐日イタリア大使館。広大な日本庭園を有する敷地内にはイタリア大使公邸のほか、イタリア観光局など各省庁の事務所棟が併設されている。
高層マンションブームの先駆けとなった「三田綱町パークマンション」。管理の行き届いた19階の高さのツインタワーは築後50年を経ていまだ安定した人気を誇る。

綱坂、三田綱町など「綱」のついた地名が多いのは、羅生門の鬼退治で有名な平安時代の武将・渡辺綱がこの付近で生まれたという伝説に由来したもの。渡辺綱が産湯をつかったとされる井戸があちこちに残っています。

江戸時代、東京湾を望む風光明媚な場所だったこの辺りは、諸藩が屋敷を構える武家屋敷町でした。たとえば総面積が8000坪という現在の「綱町三井倶楽部」の建物部分は佐土原藩島津家の屋敷があり、日本庭園部分は会津藩松平家の広大な下屋敷跡が基礎となっています。

その後、明治になると武家屋敷は華族の屋敷へと姿を変え、やがてそれが政府の管轄する旧逓信省簡易保険局庁舎や、イタリア大使館、オーストラリア大使館へと変わっていきました。

モダンな建築のオーストラリア大使館。徳島藩主蜂須賀氏が所有していた敷地を1952年にオーストラリア政府が購入。かつての蔦の絡まる西洋邸宅が現在の建物になったのは1990年。現在の面積は13,000平米(約4000坪)。

人目につかずに安心して住める場所

武家屋敷のなごりか、今でも塀やフェンスに囲まれた敷地が多く、エントランスには必ずと言っていいほど警備員が常駐しています。そのため、実際に歩いてみると、エリア全体がとてもクローズドな雰囲気。また、オフィスビルや商業施設が全くないので、特別な理由がない限り住民以外の人が足を踏み入れる事はほとんどありません。

この地に企業トップや著名人の居住者が多いのには、このように『人目につかずに安心して住める』という利点があるのも大きな理由になっています。

「綱町三井倶楽部」の、歴史を感じさせるクラシックなフェンス。
麻布通りの二之橋から始まる日向坂(ひゅうがざか)。この坂を上り切った右手にオーストラリア大使館と「綱町三井倶楽部」、左手に開発中の「三田ガーデンヒルズ」の敷地がある。

では、外からではうかがい知れないこの場所に、あなたがもしこれから住むとしたらいったいどんな暮らしが待っているのでしょうか。そこで、リアルな三田ライフについてのお話をお聞きするために、大手銀行の取締役を経て、複数の企業の社外取締役、特別顧問を務めるT氏を三田綱町にお訪ねしました。

“地縁”に導かれて

T氏のお住まいは三田の高台に位置する超高級マンション。エントランスゲートのインターフォンで来訪を告げ、石畳のアプローチからマンション共有部のコンシェルジュがいるロビーへと進むと、ほどなくエレベーターからT氏が登場。敷地内には宿泊も可能な独立したゲストルームがあるそうで、インタビューはその部屋を使用させていただく事に。

居住棟を取り巻く広大な敷地は日本庭園になっていて、ゲストルームまでしばしの散策。木々の間には見たこともないような巨大な石灯籠が鎮座していました。歴史的に貴重な文化遺産がこんな身近にあるとは、さすが由緒ある三田綱町の高級物件です。

6年前からこちらのマンションにご夫婦でお住まいというT氏。三田に住む決め手はどこにあったのかを最初に伺いました。

――こちらに住まわれるようになった経緯をお聞かせいただけますか?

T氏(以下T):三田はね、おそらく縁があるんですよ。以前は高輪台に住んでいたから、よく散歩でこの辺まで来ていたというのもあるし、僕の家は徳川家に繋がる家系で親族のお墓が増上寺にある。そのような訳で、なんとなく惹かれる場所ではありました。大学も慶應だったし。だから僕は今でも慶應の図書館や食堂を利用していますよ(笑)

三田に隣接する高輪エリアの居住歴、祖先からのご縁がある家柄、慶應のご出身だったことのほかにも、お仕事を通じて、今お住まいの高級マンションのことは以前からご存知だったそう。T氏のように何かしらの“地縁”があって三田の丘を住まいに選ばれる方が多いというのは、この場所の秘匿性を考えると納得がいきました。

塀の内側に広がる華麗な世界

T氏のお住まいは、敷地内の庭園に緑があふれ、都会にいながらも自然を感じられるマンション。さらにベランダからは「綱町三井倶楽部」の広大な庭園を臨む贅沢極まりない借景を日々楽しまれています。

「綱町三井倶楽部」は大正2年に完成。大正12年の関東大震災で損傷を受けたものの、昭和4年にその原型を崩すことなく復興しました。昭和20年からは「米軍将校クラブ」として使用され、昭和28年の返還後に三井グループ企業による会員制倶楽部として再生しました。

鹿鳴館で知られるジョサイア・コンドルが建築を手がけた「綱町三井倶楽部」。ここでは厳選された招待客のみが集う特別な催しが開催されることも。そんな時だけはこの静かな界隈もタクシーの列が道を埋め、正装したたくさんの人たちで華やぎを見せる。

この由緒ある倶楽部には数多くのエピソードが残っています。そのひとつ、東京で初めてオリンピックが開催された経緯を伝えるとても面白い話をT 氏が披露してくださいました。

T:1964年の東京オリンピック前夜の話です。東京は開催地の有力候補にあがっていたものの、欧米から遠いことや、食べ物の違いから反対意見も多く『第一(東京には)まともなワインすらない』という声があった。当時のIOCブランデージ会長一行が最終調査で東京を訪れた際、委員会の会食が「綱町三井倶楽部」で行われたんですね。会長はその席で、そんな貴重なワインが日本にあるはずもないと誰もが思うような無理な注文をしたところ、それがさーっと出てきた。びっくりしている委員たちを前に会長が『東京に決めた』とその場で宣言した、というのがここですよ。

「綱町三井倶楽部」のワインセラーは現在も世界有数の所蔵を誇っているそう。ただしレストランなどの施設を利用できるのは会員か、もしくは会員の紹介が必要。中に入ることが叶いさえすれば、塀の中には華麗な世界が広がっているのです。

生活圏は麻布十番にあり

フェンスの中に華麗な世界が広がっているという点では、T氏が居住されている高級マンションも同じ。ゆったりと広い空間にコンシェルジュが常駐するロビーラウンジは、まるで五つ星ホテルのようです。

しかし、このエリアにはスーパーや飲食店などの商業施設が全く見当たりません。毎日の生活に不可欠なお買い物はデリバリーなのか、それとも車で遠出なのか。そのあたりを伺ってみました。

――日常生活のお買い物などはどうされているのでしょうか。

T:日常の買い物は、妻の話だと麻布十番にある「スーパーナニワヤ」や「日進ワールドデリカッセン」が人気だそうですよ。人によってはデリバリーを頼むというのもあるけど…。実際に見て買いたければ、最近はスーパーでも買った後にデリバリーしてくれるじゃないですか。もしここからタクシーを使いたければ、コンシェルジュがすぐ呼んでくれる。僕は歩くのが好きだから田町の「ライフ」や芝浦の「ピーコック」辺りまでは散歩がてら歩いていきますよ。妻も買い物は歩いて麻布十番に行っていますね。

麻布十番はスーパーが多数。「ナニワヤ」「ダイエー」「成城石井」などのほか、パリ発のオーガニックスーパー「ビオセボン」の大型店舗がある。
世界の食品が一同に揃う「日進ワ―ルドデリカテッセン」には充実したワイン売り場が。
下町情緒が残る麻布十番商店街。この道をまっすぐ行ったところが六本木ヒルズ。
老舗のベーカリー「モンタボー」。店内で焼き上げるパンを求める客でいつも賑わっている。

麻布十番エリアの良さはハイ&ローが両方あるところ。『競争原理が働くからカジュアルな飲食店でも美味しくないと生き残って行けない。だから全体のレベルが高い』と、T 氏は分析します。

――おすすめのレストランはありますか?

T:僕は香港に長くいたから中華料理にはこだわりがあって、ひとつは食堂がわりにしている麻布十番の「DALIAN 大連餃子基地」。パリッと香ばしく焼いた大きめの餃子が、肉汁が入っていて美味しいですよ。妻も好きなので、よく行きます。もっと高級なところで言えば、中華料理の「富麗華」ですね。政界の大物がよく来るような、なかなか予約が取れない有名店。あそこは香港の最高峰の店に匹敵する美味しさだと思うね。

「DALIAN 大連餃子基地」の羽根つき焼き餃子のランチセット。お手ごろ価格で間違いのない美味しさ。
「富麗華」は予約の取れない有名店。ドア1枚のひっそりとしたな店構えの中で最高級の中華料理が供されている。

都会のフォレストに住む贅沢

銀行勤めだったときに、ニューヨーク支店長としてマンハッタンに長く住まわれていたT氏。当時はセントラルパークを走っていたそう。今でも歩くのが好きで、天気さえ良ければ三田から日比谷公園あたりまで足を伸ばし、往復で1時間半ほどかけて歩くのが日課。意外だったのは、三田の最高級マンションにお住まいながら車を所有されていないこと。病院とは全く疎遠とおっしゃるT氏の健康の秘訣は、歩くことにあると拝見しました。

東京タワーから増上寺を抜けて、ニューヨークのセントラルパークを思い出す芝公園を歩くのが日課。

T:セントラルパークは一周するとちょうど10キロ。実はニューヨークシティマラソンも出たんですよ。5時間くらいかかりましたけど一応完走しました。僕は芝公園を歩いていると、セントラルパークを思い出すの。あの辺りは、緑が多くて素晴らしいですよ。木というのは、人間にとってすごく大事なものです。生活圏に緑が多いという事は非常にカンフォタブル。別荘が好きで郊外に住む人もいるけれど、都会のフォレストが僕の別荘地です。

芝公園の緑はまさに都会のフォレスト。

三田綱町の最高級マンションを住まいとしながら、長年鍛えた健脚で日課の散歩を楽しみ、都心の緑を満喫するT氏。そこには、これからの豊かな暮らしのひとつの理想形がありました。

Text by Kyoko Hiraku
Photos by Taichi Sakamoto
         

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