都会の忙しさをリセットし、
自分の暮らしに集中できる街「田園調布」
中世ヨーロッパの民家をモデルにつくられたという旧駅舎を起点に、緑豊かな住宅地が広がる「田園調布」。23区でも屈指の高級住宅地として名高い街ですが、実際の暮らしぶりはどのようなものなのでしょうか。この街にお住まいで、子ども向けのワークショップも運営されているSさんにお話を伺いました。

田園調布は1918年に開発が始まった日本初の住宅専用市街地です。駅東側は商業地域、西側は住宅地として、1923年に分譲が開始されました。
その街づくりに大きく関わったのが、かの渋沢栄一です。当時、第一次世界大戦を契機とする重化学工業の発展に伴って、都市に人口が集中し、宅地造成の必要性が高まっていました。そんな折に、渋沢はイギリスで提唱された “都市部で働き、緑豊かな郊外で暮らす”「Garden City(田園都市)」構想を日本に持ち込み、田園都市株式会社(現・東急株式会社)を設立。理想的な郊外型住宅地として計画・開発を行いました。

駅西側の放射線状に道が広がる街並みは、フランスの凱旋門とその周辺がモデルとされており、住まいと自然の調和や景観を保つための配慮がなされました。
住環境を守ろうという住民の自発的な活動も早くから始まり、1926年には居住者たちによる「社団法人田園調布会」が発足。住環境や景観に関する独自のルール「田園調布憲章」が制定されたことで、今日まで美しい街並みが維持されてきました。今回取材させていただいたSさんも、そんなゆったりとした住宅が広がる区域にお住まいです。

ゆとりと利便性を享受できる、馴染みの地
——いつから田園調布にお住まいなのですか?
Sさん(以下、S):この家に住み始めたのは4年前です。私は三重県で林業を営む家に生まれたので、海と山に挟まれた自然豊かな環境の中で10歳まで暮らしていました。その後、進学の関係で母や姉妹と一緒に、田園調布の隣の多摩川駅寄りのマンションに引っ越しました。結婚してから夫の仕事の関係で海外に住んでいたこともありますが、結局20年以上、多摩川近辺で暮らしていました。すごく居心地がよくて、子どもたちが小さい頃は河川敷で毎日のように遊んでいました。
——居を構えるにあたって、この街を選んだのはなぜですか?
S:それまでマンション暮らしでしたので、のびのびと過ごせる一軒家を探していました。最終的な決め手は3つあり、1つ目は娘と息子の学校のちょうど中間地点であること。2つ目は夫婦ともに学生時代から慣れ親しんだ場所であること。それから3つ目は、出張時に利用する羽田空港にも近かったこと。様々な点で家族にとって利便性がよい場所でした。

生活に必要十分なお店が並ぶ駅前エリア
——住環境の面で多摩川周辺との違いを感じますか?
S:どちらも住環境はすごくよいですが、こちらはより街が整備されていますね。住環境を守るための厳しい取り決めがあり、守らざるを得ないという本音がある一方で、それによって街並みが保たれているのは事実だと思います。
——周辺にお店が少ない印象ですが、生活のしやすさはいかがでしょう?
S:そこが不便かなと思っていたのですが、駅の上にある「東急スクエア ガーデンサイト」にスーパーやドラッグストア、本屋さんが入っていて便利です。おいしいパン屋さんやケーキ屋さん、デリなどもありますし、セブンイレブンも駅の反対側にあるので生活に必要な最低限のものは全部揃っています。ここで買えないものがあるときは、徒歩15分くらいの自由が丘へ散歩がてら行くことが多いですね。


(下)西口周辺に並ぶカフェ、パティスリー、KFC。街並みになじんでいる造りが印象的。
都心の喧騒を忘れる、夜の静けさ
——まさに “暮らすためにある街” が田園調布なんですね。
S:そうですね。今の時代は、至るところで必要のない情報も目に入ってきます。たとえば大型商業施設が身近にあると、新しいものがすぐ目に入りますよね。もちろんそういう場所をときどき訪れることも好きですが、情報に振り回されずにいられる生活の場として田園調布はとても良いなと思いますし、『必要最低限のものは揃っている』と言えるくらいの暮らしがちょうど良いと思っています。
——西側の住宅地の中にはお店がないので、特にそんな印象を受けます。
S:私は生まれ育った三重県によく帰るのですが、18時には歩いている人もいなくて真っ暗で、星がすごくきれいに見えるような場所なんです。そこから新幹線で品川に到着すると、23時になっても人が大勢いて、そのギャップに毎回不思議な気持ちになります。でもそこから田園調布まで帰ってくるととても静かで、気持ちがリセットされるようなところがあります。何というか、都会の孤島のような街ですよね(笑)

S:やっぱり太陽が昇るとともに起きて、日が沈むとともに眠りにつくのが人間らしい暮らしだなと思います。都会は楽しいことがたくさんあり、日常的にそういう生活を送ることが難しくても、意識することは大事かな、と。それを自然と感じられる街で子どもを育てられるのは、ホッとすることでもあります。
勉強だけではなく、質の高い体験を重視する教育観
——Sさんは田園調布で子ども向けのワークショップを運営されているんですよね。
S:はい。私は子どもの心が育つ過程に興味があり、学生時代から子ども向けの事業をやりたいと思っていたので、大学では教育を学んでいました。アメリカに2年間住んでいたときにはペアレンティング教育の資格も取得しました。2009年に起業し、別の事業を行う傍らで15年間考え続けて、2025年から子ども向けの事業を始めました。

——どのようなワークショップを開かれているのですか?
S:月1~2回、季節のイベントや絵画、工作といった自宅ではなかなかできない大がかりな体験など、子どもどうしが一緒に取り組むことで協調性や創造性を育むプログラムをご提供しています。徒歩数分の場所にある畑では、夏野菜の収穫や冬の大根掘りを行いました。また、小学校受験のサポートも行っています。
子どもたちにも家庭的でゆったりとした空気感の中で過ごしてほしいと思っているので、事業を始めるのに十分な広さと駅からの近さが必要だったというのが、田園調布を選んだ理由のひとつです。

——通われているのは田園調布にお住まいの方が多いのでしょうか?
S:都心から来てくださる方もいますが、近所にお住まいの方も多いですね。自由が丘や田園調布の駅周辺には塾や習い事がたくさんありますが、ここには家庭のように温かな空間と、子どもが自信をつけて成長できる体験を期待されていると感じます。
——勉強も含めて、体験の質を重視される方が多いのでしょうか?
S:そうですね。心穏やかに有意義な体験をしてほしいと思っていらっしゃる保護者の方が多いと感じています。そのため『家庭では行うのは面倒だけれど、子どもには体験させたいな』と思うようなプログラム内容にしています。何よりも子どもたちが『楽しかった!また来たい!』と、目をキラキラさせてくれることが目標です。そしてその間に、普段忙しい保護者の皆さんには少し休んでリフレッシュしていただけたら嬉しいですね。


日常を楽しみ、健やかに暮らす
——お気に入りのスポットはどこですか?
S:自由が丘までの散歩の途中で、歩道橋から見える空や夕日が本当にきれいです。子どもたちとよく立ち止まって見惚れています。それから近隣には「田園調布せせらぎ公園」や「多摩川台公園」などたくさんの公園があるので、子どもたちとよく通っていましたね。

——よく行くお店はありますか?
S:大好きなお店が2つあります。1つ目は「DELI BREEZE 田園調布本店」。和洋中のお惣菜がそろうデリで、私の母もよく利用していました。私もお夕飯や来客の際に一品買い足したりと、重宝しています。ここのラタトゥイユがすごくおいしくて、自分でも真似をして作ってみたくらいです。

S:もう1つが田園調布から自由が丘方面に歩いて10分ほどの「IL CAMPANELLO(イル カンパネッロ)」というイタリアンです。我が家では家族全員の誕生日やクリスマスを、ほとんどそちらでお祝いしています。シェフがボローニャで修行をした方で、本場風のボロネーゼや前菜の盛り合わせなど、何をいただいても絶品です。コンセプトが “食堂のように使えるレストラン” ということでカジュアルでおいしくて、いつも温かく迎えて下さり、これからも通い続けたい大好きなお店です。

——最後に、Sさんが考える豊かな暮らしについて教えてください。
S:まず精神的にも身体的にも健康であること。そして健やかさを保つために、日々小さなことを意識して習慣づけるようにしています。例えば私の場合、家族のあいだでは前向きになれるような優しい会話を心がけたり、適度な運動を続けたりとか、すごく小さなことですがその小さな習慣を大切にしています。
どんな場所や家に住んでいるということよりも、自分が『いいな』『素敵だな』とか、『大切にしたい』と感じるモノ・コト・ヒトが自分の中にしっかりあることが、本当の豊かさに繋がるのだと思います。

ずっとあたためてきた事業を始めるとともに、豊かな暮らしを大切にして、充実した毎日を送っているSさん。お話を伺って、田園調布は “暮らす” ということのエッセンスを見つけることができる街なのだと感じました。都会の喧騒から少し離れて、田園調布を訪ねてみませんか。




