北欧の名作家具 “ベアチェア”。ヴィンテージの特別な一点を手に入れる

2024.01.12

北欧を代表する名作椅子で、ハンス・ウェグナーの最高傑作とも呼ばれるベアチェア。1951年の誕生後70年以上に渡り、世界中の椅子愛好家の憧れの一脚として不動の人気を博しています。今回、BEARSは貴重なヴィンテージのベアチェアをオークションで入手。生地を張り替え、BEARSだけの一点ができるまでを密着レポートします。

今回、買い付けからシッピング、レストアまでをトータルでお願いしたのは、都内にアポインメント制のショールームを3店舗展開されている、北欧ヴィンテージ家具専門店「KAMADA」さん。代表取締役の鎌田剛(かまだつよし)さんにお話を伺いました。

KAMADA六本木ショールーム

ハイバックの最高峰 “ベアチェア”

生涯に500脚以上の椅子をデザインし、“椅子の巨匠” と呼ばれるハンス・ウェグナー。その作品の多くが今なお国際的に高い評価を得ています。

中でもベアチェアはウェグナー自身が晩年まで愛用したと言われる究極の名作。

BEARSと同じ名前を持つこの椅子は、熊が手を広げているような愛嬌のあるフォルムにその名が由来している。アームに足をかけたり、ちょっと横座りになったり、いろいろな座り方ができるのも魅力

ちなみにベアチェアは2003年から復刻生産されているため、現在は1950年代〜1970年代に生産されたヴィンテージ品(APストーレン製)と現行モデル(PPモブラー製)があります。

アメリカの市場に合わせた現行モデル(向かって左)は、ヴィンテージ品(向かって右)に比べて1回り大きく、座り心地は固めの仕上がり

ヴィンテージ品は、程よくクッションのきいた背もたれと、座る人の身体をサイドから包み込むような作りで、座り心地は想像以上にリラクシング。一瞬で心と体の緊張を解きほぐしてくれる優しさがあります。

KAMADAのショールームでベアチェアを座りくらべ。向かって右が代表取締役の鎌田剛(かまだつよし)さん

BEARSはウェグナーの意図がより身近に感じられるヴィンテージのベアチェアに心惹かれました。そして、一般の市場にはほとんど出回らないこの椅子を、昨年(2023年)1月行われたデンマークのオークションで入手。日本でレストアを施し、BEARSだけの1点を作り上げるプロジェクトに着手したのです。

オークション2度目のチャレンジで落札

BEARSはKAMADAさんを通じ、アームの木製部分がチーク材のヴィンテージベアチェアをすでに1脚所有しており、今回は2脚目。一昨年(2022年)秋のオークションでは、購入希望のロット(出品)が惜しくも落札できなかったという経緯があり。心機一転の再チャレンジでした。

デンマークのオークション「Bruun Rasmussen(ブルーンラスムッセン)」の会場の様子

──デンマークのオークションにはどのような形で参加されたのでしょうか。

鎌田剛さん(以下 鎌田):今回はオンライン参加です。世界各地の愛好家が現地の会場や電話参加、オンライン参加する中、何とか希望のロットを競り落とすことができました。最後は2〜3人の勝負だった思います。

──競り落としたベアチェアはいつごろのものですか?

鎌田:1960年代から70年代に製造されたものです。50年以上経過しているものとしては非常に良い状態だと思います。アームと脚の部分が素材としては最も贅沢なローズウッドだというのも貴重ですね。

──ベアチェアは誰でも購入できるものですか?

鎌田:ベアチェアは数が少なく、市場に出てくる機会は多くはありません。不動産物件もそうだと思いますが、人気のものは情報公開する前に決まってしまう事も多いのです。ですから私たちがオークションで、お客様が欲しいものを探していく、もしくは、提案させていただく方が入手しやすいんですよね。

落札したベアチェアにオークション出品時のカタログを乗せて

理想のブークレ素材を探して

状態が良く、アームがローズウッドのヴィンテージベアがオークションで入手できたことで、幸先の良いスタートとなった今回のプロジェクト。レストアへの期待が高まる中、次は生地選びです。

張り替え用の布地のサンプル。一般的な生地であれば選択肢は多い

BEARSの希望は、今年(2023年)のミラノサローネで目に留まった白のブークレ素材[*]でベアチェアを張り替えることでした。しかし、日本ではブークレ素材を使った張り替えの前例がほとんどなく、素材の選定と入手は予想以上に難航します。

*ブークレ(bouclé)とはフランス語で「輪」という意味で、表面に糸の輪が出るように加工された生地の種類のこと

たとえば、選択肢のひとつに挙がったのが本物のシープスキン。しかし椅子に貼ったときにボリュームが出過ぎてしまうマイナス点があることが判明。他にも数種類のサンプルを検討した結果、イギリス製のブークレ生地が最有力候補に浮上します。結果的に『トータルのバランスが良い』というのが採用の決め手になりました。

生地を剥がして初めてわかること

一方KAMADAさんのアトリエでは張り替えに向けて、下準備の作業が進んでいました。中でも重要なのが、落札したヴィンテージベアの生地を剥がす作業です。

鎌田:剥がしてみてわかったのは、今回が初めての張り替えだということでした。当時のメーカーであるAPストーレンが雇用していた職人はプロ中のプロとも言える人たちです。鋲の打ち方一つをとっても非常に美しく、仕事に誇りを持っていたということがよくわかりました。

ヌードにしたときに、鋲とタッカー(ステープラー)の針の数で何回張り替えたかがわかる

鎌田:一度でも張り替えが入ってしまうとオリジナルが製作された当時の人の技術や、クッション材に何を使っていたかというのがわからなくなってしまうんです。

──現在入手できるオリジナルのベアチェアの中で、張り替えが初めてのものはどれくらいの割合なのでしょうか。

鎌田:私が色々見ている中でも本当に数パーセントの割合だという印象です。そういう意味でも今回落札できたヴィンテージベアは大変貴重な1点だと思います。

ベアチェアの張り替え実績100本!

レストアのメインイベントと言えるのが、生地の張り替え作業です。この工程を担当するのは、鎌田さんが信頼を寄せる 岐阜県高山市の椅子張り職人、Sさん。
彼の元へ、ベアチェアが届けられたのは10月のことでした。

鎌田:高山は国内屈指の家具の産地で、作家も多く移住しているところです。ヴィンテージ家具はどれも希少品なので、運送業者は使わず私たちが車で運ぶようにしています。


ベアチェアの張り替えは、非常に難しく、腕の良い職人だけが任せられる特別な仕事。それゆえ、椅子張りの中では花形の仕事なのだそう。

鎌田:Sさんは、椅子の張り替え一筋、20年以上のキャリアを持つベテランです。ベアチェアの張り替えは、年間10本以上手がけられているので、すでに100本以上の実績がおありです。

背もたれに絶妙のクッション性を与えているのがコイルスプリング。外れないよう袋に格納された構造になっている

──背面のコイルスプリングは、たくさんの袋が集まっているように見えますが…

鎌田:実際は縦1列が一袋で、サイドからコイルスプリングを入れ込むようになっています。それをパーツごとに絞って、バラバラにならないように縦と横で固定しているんです。袋は完全には閉じられていません。

──この構造は一般的なものでしょうか?

鎌田:いえ、座面下にコイルスプリングを使うことはありますが、背もたれにこのように組み込んで座り心地を追求した椅子というのは、非常に画期的な構造だったと思います。

背もたれの後ろ側はパームヤシの繊維で覆っていく

──縫製は全部手で縫っているのですか?

鎌田:ボディの繋ぎ目はミシンですけれど、他はほぼ手縫いですね。専用のちょっと曲がった針を使って縫っていきます。

白いブークレのベアチェアが完成

Sさんの熟練の技で、BEARSだけの白いブークレのベアチェアがついに完成。布に比べてボリュームがある分、難易度の高い作業でしたが、シワ一つない端正な佇まいは名作椅子らしい気品を感じさせます。

ローズウッドのアーム部分

──今回のようなモコモコした生地に張り替えるケースは日本では珍しいんですよね?

鎌田:なかなか生地サンプルだけでチョイスされる方というのはいらっしゃらないですね。しかし、実際に椅子に貼られているのを見ると、いいなと思う方が出てくるのではないでしょうか。

ピローをセットした状態。ピローがあると座り心地がより良く、さらに椅子の背が汚れるのを防ぐことができる

世界中が認めるベアチェアの価値

──鎌田さんが北欧の家具に魅せられた理由は何だったのでしょうか。

鎌田:私はもともとクラフトが好きで、人間模様がうかがえるものが好きだったんです。それと木が好きだというのがありました。北欧以外のヨーロッパやアメリカの家具を見る機会もたくさんありましたが、北欧家具に触れれば触れるほど『やっぱりいいな』と思うようになりました。

何より、リペアをして張り替えれば何度でも蘇らせることができる家具であること。オリジナルの素材やデザインを引き継いでいくという姿勢がとても素晴らしいと思います。

──北欧の方の国民性、人間性なのでしょうかね。

鎌田:そうだと思います。それは日本の職人さんにも共通する部分がありますね。さらに椅子は、置かれている空間で人間の五感をワクワクさせたり、美しさで感動させたりできる完結した存在だというのも魅力です。

──お話を伺って、欲しくなってしまう方もいらっしゃると思うんですけれども。価格がどんどん上がっていますよね。

鎌田:たとえばベアチェアは、ファーストヴィンテージが世の中に出始めた1990年代の後半から一気に値段が上がりました。さらに拍車が掛かったのが2014年にウェグナー生誕100年の記念オークションが行われたことだったように思います。それを機に認知度が上がり、ベアチェアの価値がさらに広く知れ渡るようになったんです。

──現状、ベアチェアを入手したいと思ったらどのくらいの金額を考えておけばいいでしょうか。

鎌田:今回のBEARSさんのケースですと、買い付けからレストアまで数百万円の予算を事前にいただきました。その上で、競りの状況次第ではプラスアルファの金額を視野に入れる事もご了承いただき、当日の競りに臨みました。ただベアチェアはすでに世界中で人気なので、これからも値上がりしていく可能性が高いと思います。

デンマークのオークションから約1年。BEARSだけの1点が完成するまでの道のりをお伝えしてきました。

この白いブークレのベアチェアはBEARSの新オフィスでお披露目させていただくことになっていますので、どうぞお楽しみに!

DATA

鎌田 剛 | Tsuyoshi Kamada

株式会社KAMADA 代表取締役
https://kamada-japan.com/

古き良き時代に誕生した北欧ヴィンテージ家具の輸入販売を行う。
定期的に海外で開催されるオークションに参加して希少ヴィンテージ家具の買付けを行い、木部メンテナンスから生地の張替えを含めたサービスの提供と行う。
また、家具コンシェルジェとしてヴィンテージ家具の査定やお客様のコレクションの管理を行い、後世によりよい形で継承していくためにサポートを行う。

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