人のあたたかさに包まれる暮らし「麻布十番」
東京・港区の住宅地として人気が高い麻布エリア。その中心に位置する麻布十番は、富裕層向けの住宅が集まる高級住宅地でありながら、下町的な情緒もあり、住みやすい街として人気です。今回は、麻布十番に28年間お住まいのKさんに、この街で暮らす楽しみについて伺いました。
江戸時代から賑わいを見せていた歴史風情ある街
活気あふれる商店街で知れられる麻布十番は、江戸時代、善福寺の門前町として発展しました。善福寺は天長元年(824年)、弘法大師によって高野山に模して開山された都内有数の古刹で、境内には街の喧騒を忘れる静寂が漂います。江戸時代の終わりから明治のはじめにかけてアメリカ合衆国公使館として使用され、敷地内には初代アメリカ行使ハリスの記念碑も。また、福沢諭吉の墓所があることでも知られています。
明治時代から多くの外国人が暮らしてきた歴史があるからか、麻布十番の街は国際色が豊か。周辺には大使館やインターナショナルスクールが多数点在しています。毎年8月に開催される「麻布十番納涼祭り」には各国の大使館も参加するなど、さまざまな国の人々が一緒にお祭りを楽しんでいます。
麻布十番というと、有名なのが「パティオ十番」。街路樹に囲まれた階段状の広場で、ヨーロッパの街並みのような雰囲気の一角です。コーヒーを片手にのんびりおしゃべりを楽しむ人や、元気いっぱいに遊ぶ子どもたちの姿は、見ている人をほっこりとした気分にさせてくれます。ドラマや映画の撮影でもよく使われているため、麻布十番に行ったことがない人でもこの広場は見たことがあるかもしれません。
江戸、明治からの老舗が軒を連ねる商店街
街のメインストリートともいえる麻布十番商店街は、100年以上続く老舗と最近できたばかりのおしゃれな店が混在し、買い物を楽しむ人でにぎわいます。蕎麦の「永坂更科布屋太兵衛 麻布総本店」、豆菓子の「豆源 麻布十番本店」、たい焼きの「浪花家総本店」、和菓子の「紀文堂」などは江戸~明治時代の創業。商店街振興組合が長い歴史を持つ麻布十番ブランドを守り、街の美観の維持などにも力を合わせています。
人情溢れる商店街からふと目線を上げると、六本木ヒルズや東京タワー、麻布台ヒルズなどが間近に見えるのも、この街の魅力。東京屈指のビジネス街に近いことから、最前線で働く人たちが住まう地としても人気を博しています。
今回は、「勤務先の近くに引っ越したい」と28年前に麻布十番に居を構え、その後、街の暮らしが快適すぎて「この街から離れられない」というKさんに、麻布十番の暮らしについて伺いました。御多忙にもかかわらず、「麻布十番のためなら」とインタビューをご快諾くださったKさん。お話を伺う前から、街への深い愛情が伝わってきます。
アークヒルズまでタクシーでワンメーター。交通至便の立地が魅力
――はじめに、麻布十番に住み始めたきっかけを教えてください。
Kさん(以下、K):以前は目黒のあたりに住んでいたのですが、私も夫も勤務先が六本木のアークヒルズだったため、職場に近い場所に引っ越そうということになり、麻布十番に転居しました。当時は仕事が忙しくて夜遅くまで働いていたので、あまり街のことを調べる余裕もなく、「とにかく近いところを」というだけで決めてしまいました。転居前は通勤が楽になるということ以外、特に思い入れはなかったのですが、現在まで同じマンションに28年間も住んでいます。住み始めてから街を少しずつ知っていき、その魅力の虜になったという感じですね。
――麻布十番はお店もたくさんあって、毎日楽しく過ごせそうですね!
K:そうなんです。私はおいしいものが大好きで、外食が多いのですが、家から徒歩で素敵なレストランに行けるのはいいですね。麻布十番には一人でふらっといけるラーメン屋さんから、子ども連れで行ける気取らないお店、江戸時代からの老舗、ミシュランガイドに載っている高級店まで幅広くあるので、全く飽きることがないです。
「都会の冷たさ」とは無縁の、人とのふれあいが温かい街
――麻布十番には様々な魅力があると思いますが、お住まいになって特に感じることはありますか?
K:交通が便利なことや街で何でもそろうことも魅力ですが、一番は人のぬくもりですね。都心でありながら、人が温かい街なんです。たとえば、麻布十番商店街にある広場「パティオ十番」に「赤い靴のキミちゃん像」があるのをご存知ですか? 童謡「赤い靴はいてた女の子」のモデルとなった少女の銅像なのですが、コロナ禍でその銅像にマスクがかけられていたんですよ。キミちゃんが感染しないように、誰かがつけたんでしょうね。それを見て、人の優しさのようなものを感じてしまいました。商店街のお店も温かい方ばかりで、通学途中の子どもを何気なく見守ってくださっています。親としてとても安心できますね。
――子育て環境も良さそうですね。
K:それは本当に、感じますね。下町らしい「町全体で子どもを守ろう」という意識があるように思います。商店街には地元の子どもたちがお小遣いを持って出かけるおもちゃ屋さんがあるんですよ。今どき、おもちゃ屋さんって珍しいですよね。デジタルのゲームではなく、昔ながらのおもちゃを売っているお店で、ご主人が子どもたちのことをさりげなく見ていてくださるので、子どもだけで買い物に行かせるのも安心です。私が前に行ったときは、小さな子どもが高額の商品を買おうとしていたので「おうちに帰ってお母さんに聞いてからまたいらっしゃい」と一旦家に返していました。そんなやりとりを見ていると、安心できますよね。
麻布十番商店街の「こばやし玩具店」。明治時代の創業で、終戦直後はマッカーサー元帥が息子のおもちゃを買いに来たのだとか。
四季折々の自然を感じながら街を歩く楽しみも
――街のお気に入りスポットはありますか?
K:たくさんあるのですが、疲れていて癒しが欲しいなという時は「善福寺」のイチョウの木の前でのんびりしています。都心でありながら緑が多いので、散歩をするのに気持ちがいいですね。少し足を延ばせば「有栖川宮記念公園」や「芝公園」も歩いて行けますし、麻布十番の東側を流れる古川には、カワセミやサギも飛んでくるんですよ。都心でも四季や自然を感じられる街ですね。
――お買い物で気に入っているお店はありますか?
そうですね、「メトロマーケット」というお店が最近のお気に入りです。豊洲市場の仲卸の方が始めたお店で、全国各地の新鮮でおいしい魚や野菜が手に入ります。手作りのお惣菜も販売していて、お弁当もおいしいんですよ。3年ほど前にできたばかりなのですが、麻布十番は新しいお店が次々できるので、訪ねて歩くのは楽しいですね。
住民の血が騒ぐ? 夏の街の一大イベント「麻布十番納涼祭り」
――そのほか、街で気に入っているものはありますか?
K:夏に開催される「麻布十番納涼祭り」は、毎年楽しみにしています。夏が近くなると「今年は何日に開催かな」とそわそわしてしまうんです。商店街に縁日が出るのですが、それぞれのお店が趣向を凝らした、手作り感のあるお祭りです。大使館も出店していて、中でも私はリトアニア大使館の「キビナイ」というパイが大好きで。他の場所ではなかなか買えないものなので、毎年とても楽しみにしています。
街を愛する人たちが、人と人の絆を紡いでいく
――これから、この街でやってみたいことはありますか?
K:行きたいお店も再訪したいお店もたくさんありすぎて、行くべきお店リストがなかなか消化できないでいます。なので、これからもっとたくさんのお店を訪ねてみたいですね。
――最後に、Kさんにとって、“豊かな暮らし”とはどんなものでしょうか。豊かさや理想の暮らしについて、お聞かせください。
K:難しい質問ですね…。麻布十番に住んでいて、私にとって「豊かな暮らしだな」と思うのは、人と人との繋がりを感じる時でしょうか。たとえばお店で買い物をすると、お金を支払って商品を受け取るという以上のものを感じることがあります。お店の方が私の顔を覚えていてくれたり、ちょっとした挨拶をしたり、買い物に来ている子どもを見守る姿を目にしたり…。そんな日常に豊かさを感じます。また、この街のお店の方は目利きが多いので、遠くの高級店に足を運ばなくても、近所の普通のスーパーで日本中のおいしいものが手に入ります。そんな日常のぜいたくも、豊かさだなと感じます。毎日を豊かに、楽しく過ごせているので、この街から離れる理由が見つからず、あっという間に住み始めてから28年間も経ってしまったという感じですね。
――ありがとうございました。
麻布十番に住み始めて以来、自分の足で少しずつ街を開拓していったというKさん。多くの店や人と出会うにつれ、街への愛情が深くなっていったそうです。麻布十番は食事や買い物スポットとしても人気ですが、住まうことで街の魅力をより深く感じることができるのだとか。街の外へ楽しみを探しに行くのではなく、自分の住む街の魅力を見つけ楽しむこと―そんな「暮らす楽しみ」を積み重ねることが、より豊かな生活へと繋がっていくのかもしれません。