温かな交流がうまれる「五本木」での暮らし

2026.05.08

東急東横線・中目黒駅と学芸大学駅の間に位置する目黒区「五本木」。都心の利便性を保ちながらも、落ち着いた住宅地とさりげない個人店が共存する穏やかなエリアです。そんな街にお住まいで、『これからもずっと住み続けたい』と話す森村 茉文(まふみ)さんに、街の魅力を伺ってきました。

「五本木」その名が語る、街の記憶

「五本木」という地名はこの街を縦断し、鎌倉と関東各地を結んでいた鎌倉街道沿いに “5本の大樹” があったことに由来するそう。江戸から大正時代にかけて、この一帯には深い農村地帯が広がっていました。ちなみに由来が類似している六本木との関連性は特になく、地名としては五本木のほうが古く鎌倉時代からあったとされています。

かつて鎌倉街道が通っていた道沿いには、現在も江戸時代の農民の信仰を示す「五本木庚申塔群(こうしんとうぐん)」が。長きに渡って、地元住民や道を行き交う人々を見守ってきた街のシンボルになっている。

時を経て、昭和2年に東急東横線が開通すると、のんびりとした農地を宅地化する動きが活発に。祐天寺駅前の開発とともに、現在の閑静な住宅地が形成されていきました。

近年では五本木交差点から目黒通りへと抜ける街路を整備中。山手通りと環七通りの間を縫う新たな南北軸が完成すれば、閑静な住宅街はそのままに、五本木の利便性がさらに高まりそうです。

開発中の街路。2027年末ごろの開通を目指している。

偶然の出会いから “住み続けたい街” へ

森村茉文さんがこの地に引っ越してきたのは、今から5年前。出会いは偶然だったものの、いつの間か魅了され『これからもずっと住み続けたい』と話します。森村さんを虜にした五本木の魅力は、どんなところにあるのでしょうか。

──まずは、五本木に住み始めたきっかけからお伺いしたいです。

森村:ここに来るまでは都内を点々としていました。元々は世田谷区下馬に住んでいたのですが、娘を出産し手狭になったので武蔵小杉に家を買い、今度は渋谷の職場まで遠く感じたので恵比寿に移り、娘が小学校に上がるタイミングで再び東山に戻って。

ようやく落ち着くかと思いきや、ちょうどそのころに私の仕事がすごく忙しくなってしまって。そこで自宅に学生寮を作れば、色々な人に娘を見ていてもらえると思ったんです。常に誰かが家にいる環境であれば主人と日程をすり合わせることもないですし、娘も寂しい思いをしないかなって。五本木に住みたかったというより、学生寮を開くのに適した広さの家がたまたまここにあったという感じなんです。

祐天寺駅から一本入ると広がる閑静な住宅地。大きな邸宅も散見される。

──すごい遍歴ですね。ちなみに家を探すときにエリアは絞っていたのでしょうか?

森村:目黒区が好きなので、ある程度は絞っていました。東山も渋谷にほどよく近く、すごく住みやすかったですしね。今の家はとりあえずの借家ではあるんですが、すっかり気に入って、できれば五本木にずっと住み続けたいと思っています。

過干渉でも無関心でもない、住民の絶妙な距離感

──この街のどんなところが気に入ったのでしょうか?

森村:以前住んでいた東山は、官舎が多いんですよね。そのせいか娘が通っていた小学校では、親の海外赴任などで毎年1/3は生徒が入れ替わってしまうんです。すごく良い学校ではあるけれど、それがせわしなく感じていて。その点、五本木は長く住んでいる方が多いので、娘の “帰る場所” が作れると思ったんです。

日中でも多くの人が行き交う通学路。この街には幅広い層の人々が住んでいることが窺える。

森村:五本木の飲食店の方や近所の方など、知り合いやお友達がたくさんできたのもずっと住み続けたい理由の1つです。武蔵小杉に住んでいたときはタワーマンションだったこともあって、そういったお付き合いがなかったんですよ。五本木は下町ほど近すぎず、かといってお互いに無関心でもない。周りとの距離感がちょうど良いんです。

今では私の知らない娘の情報が、ご近所の方々から入ってくるまでになりました。娘は色々な人の目に触れてもらったほうが良いと思っていたので、今の環境はとても安心できます。

──どうしてここではご近所のコミュニティにすんなりと馴染めたのでしょうか?

森村:私が飲食店に行くのが好きということもありますが、娘が1年ほど留学に行ったのが大きなきっかけですね。その間は私も主人も1人でいる時間が増えて、飲食店をたくさん開拓できたんですよ。2回くらい行くとだいたい顔を覚えてもらえて、そこから交友関係が広がっていきました。

祐天寺駅周辺には個人経営の飲食店が多く建ち並ぶ

──森村さんのお人柄もありますよね。人との繋がりをとても大切にしている感じがします。

森村:今はネットで地球の裏側の人たちとも繋がれる時代ですが、ご近所さんは唯一無二で、物理的に必ず近くにいる存在じゃないですか。だから『楽しく付き合っていきたい!』と考えています。

自宅にご近所の方をお招きして、不定期でイベントなんかもやっているんです。昨年末には餅つき大会をしました。開催にあたってご近所さんにチラシを配ったら、80人ほどの方が集まってくれたんですよ(笑)

住民の輪を広げるさりげないお店の数々

──住みやすさという観点ではいかがでしょうか。

森村:職場のある渋谷へのアクセスもいいですし、基本的に不便と感じることはないですね。祐天寺駅前の交番で聞いたのですが、何年も出動したことがないくらい治安も良いそうですよ。

買い物もすごく便利です。近所に「肉のくろいし」という精肉店がありますし、自転車で行ける距離には新鮮な魚を扱うお店もあります。スーパーも充実していて、祐天寺駅の周りには「東急ストア」、ちょっと行くと「スーパー三和」もあるんですよ。東山に住んでいたときは意外と近くにスーパーがなくて、生活クラブやコープといった宅配サービスを利用していました。ここに移ってからは選択肢がたくさんあるので、すっかり使わなくなりましたね。

昭和7年(1932年)から続く「肉のくろいし」。その名からとった立派な黒石の看板が目印。

──五本木の飲食店を知り尽くしている森村さんの、おすすめのお店をお伺いしたいです。

森村:近所の「美酒an」と「串富」はよく行きますね。仕事で主人も私もいないときは、娘が1人で行くこともあります。祐天寺駅前の「イタリアンレストランReal」もそう。1人でご飯を食べるのは寂しいと思うので、娘がふらっと行けるお店があちこちにあるのはありがたいですよね。

それから「dining bar palette」もお気に入りです。学芸大学や中目黒にも飲食店はたくさんありますが、ここら辺は個人経営のこぢんまりとした飲食店がほとんど。お客さんもご近所さんが多いから、通っていると自然と輪が広がっていくんですよね。今度「美酒an」や「dining bar palette」で知り合った方々を自宅にお誘いして、お花見会を開こうと思っています。

“帰れる場所” が人を豊かにする

──最後に、森村さんにとっての “豊かな暮らし” とはどんなものですか?

森村:私が目指しているのは、いつでも帰って来られる “ベースホーム” みたいなもの。“豊かさ” と聞いてパッと思い浮かんだのは笑顔ですが、別に無理して笑わなくて良いと思うんです。ボーッとしていても良いし、泣いちゃうときもあるかもしれない。どんな状態でも受け入れてくれる場所があると、『豊かだな』と感じますね。そういう場所があることで自分らしくあれたり、色々なチャレンジができたりするんだと思います。

せっかく広い家に住んでいるので、今後は自宅を “皆のベースホーム” にしていきたいんです。今度、空いている部屋にアーティストを招いて個展を開く予定ですし、友人が本を自由に読める空間を作ろうとしてくれています。いつか子ども食堂もやってみたいですね。近い将来、うちが五本木の憩いの場所になったら嬉しいです。

取材をきっかけに、森村さんのご自宅で開催されたお花見会に編集部も参加させていただけることに。そこでは小さいお子さんを連れたご家族から単身で越してきた若者、長年お住まいのおじ様まで、世代や職業を超えてさまざまな方が集っていました。みな肩の力を抜いて過ごされていて、初めての参加でしたがゆったりと楽しい時間を過ごせました。

隣に誰が住んでいるかもわからないことが多い都心で、ここまで人と人がほどよい距離感で繋がれる環境は貴重と言えます。これから住み始めようという人であっても、この街はきっと温かく受け止めてくれるはずです。

Text by Kyoko Chikama
Edit by Sotaro Oka
DATA

森村 茉文 Mafumi Morimura

グラフェンユニファイ株式会社 代表取締役 東京・高輪生まれ。2018年にグラフェンユニファイ株式会社を創業。オフィスビルや商業施設といった事業用不動産の運営管理を自働化するクラウドサービス「Armada(アルマダ)」を提供しているほか、サービスオフィス企画からプロパティマネジメントまで幅広く不動産の企画・運営を行う。

この記事をシェアする

MAIL MAGAZINE

   

こだわりの住空間やライフスタイルを紹介する特集、限定イベントへのご招待など、特典満載の情報をお届けします。

JOIN US

ベアーズマガジンでは記事を一緒に執筆していただけるライターを募集しています。

   
ページの先頭へ戻る