日本のものづくりの可能性を世界に発信する「Time & Style」
国内だけでなく、海外にもショールームを構える家具ブランド「Time & Style」。日本の伝統的な意匠や美意識を、現代の生活になじむようなデザインに落とし込み、素材が持つ手触りを大切にするとともに、永く使い続けることができるものづくりを追求しています。
代表の吉田龍太郎さんへの、全2回にわたるインタビュー。
前編では、ブランドの立ち上げから現在に至るまでのストーリーについてお話いただきました。今回の後編では、世界から見た日本のものづくりの強さと可能性、世界へ発信していくことに対する想いについて伺います。
『日本全体がひとつの工場』
――北海道・東川町に自社工場「Time & Style Factory」をお持ちですが、製品はすべて自社工場で作っているのですか?
吉田龍太郎さん(以下 吉田):全体の3割を自社工場で作っていて、残りは全国の協力工場と一緒にものづくりをしています。この協力工場の存在が、本当に素晴らしい。材料、技術、文化などさまざまな面から連携してものづくりができる国はもう日本しかない、と実感しています。
日本というのは、地域によっては二千年ぐらい続いているローカルの文化があり、そこに根ざしたものづくりが今でも継承され続けているんです。木工も紙漉きも、焼き物もそうです。焼き物は、全国に数多くの産地がありますよね。そういった産地では、脈々と同じ土を使って同じ方法でものをつくり続けている。
それを短い年月で生み出そうとしてもとても無理ですし、積み上げられてきたものってとても理にかなっていると思います。
吉田:我々が考えるのは、『日本全体がひとつの工場』ということ。その土地の文化、技術、本質を変えずに、新たな魅力を引き出すことを心がけているんです。
日本は、自然に恵まれていますよね。植生が違うので、各地で採れる材料も全部違い、それぞれ素晴らしい個性があります。その材料を一つずつ運ぶとなると無駄が多いので、ローカルでちゃんと形にしたものを1箇所に中継して、そこからものを作ることができるのは、日本だからこそだと思います。
材料までも、自ら生み出すおもしろさ
――自社工場では、大量に作るのではなく、受注を受けてから職人の手で仕上げていくんですよね。木材を輸入に頼る我が国では珍しく、道産の丸太を自社で仕入れ、製材・乾燥まで手掛けていらっしゃいます。
吉田:自分たちがつくりたい家具のために、材料を原木から仕入れに行くのはおもしろいですよ。木材には、パルプ材やバイオマス用の材料として使われる“等級外”という丸太があるんですね。木だから曲がっていて当たり前なんですが、扱いにくいと“等級外”にされる。そんな木材でも、知恵と技術さえあれば、高品質な家具として加工ができるんです。
魚の卸しのように、原木の目利きであるバイヤーさんがいて、仲介の人がいるという世界で、素人だと失敗すると言われますが、そんなことはない。この丸太をどう乾燥させて、どういうふうに無駄がないように材料を伐り出すか、これまでの常識を超えて試行錯誤するのはおもしろいんです。素材、材料を持っているというのは日本にとって大きな力だと思いますね。
――世界のものづくりにおいても天然素材への評価が高いのでしょうか。
吉田:ほかの国は、近代化の価値観で高評価を得ているんです。
たとえば、イタリアのものづくり。工業的な生産プロセスでいうと、日本よりも2、30年も先をいっているんですよ。ほとんど人が介在せずにものができあがるシステムが成立している。イタリアでつくったものは、全世界に流通して成立しなければならないので、地域ごとの湿気や温度の高低差、使い方の文化の違いといったものを、そのひとつの製品でクリアしなければならないんですね。イタリアは国のプロジェクトとして、どんな環境でも材質が変化しないっていうものに切り替えていったんです。表情だけは自然の素材のように見えるかもしれませんが、中身は変化しない工業製品になっています。
――自然のもののように見えて、工業製品だと。
吉田:イタリアをはじめヨーロッパの家具に関しては、そういった近代化の背景があります。では、何がその価値を司ってきたかというと、それが“デザイン”なんです。デザインは家具ブランドにとって非常に重要なアイデンティティになっています。こうした背景から、天然素材は排除されてしまう傾向があります。効率を重視するあまり、原材料が人工突板などで均一化されていくことに、我々は違和感を感じているんです。
――海外の市場における日本の家具ブランドの立ち位置についてはどう思われますか?
吉田:イタリアの近代化されたデザインに、日本の我々がものづくりとして入っていくのは非常に難しい。でも、日本はヨーロッパの価値観とは違う素晴らしいデザイン、意匠、ものづくりの技術を持っている。だから、これだけの豊かな環境がありながら、それを海外の市場であまり生かせていない今の状況というのは非常にもったいないなと思うんです。
――なるほど。海外にもショールームを作って、日本的な思想やものづくりの技術を伝えようとする理由はそこにあるのですね。海外へ発信する場としてアムステルダムやミラノを選んだのはなぜでしょうか?
吉田:普通に考えるとロンドンやパリ、ニューヨークが候補になると思うんですが、アムステルダムにした理由は異文化に対してもオープンで、歴史的にも違う文化を受け入れる風土がありながら、90万人しかいないローカルな街だということ。
一方で、パリやロンドンなどは世界中から人が集まってきて、そこに定住しているのかわからない。人が入れ替わっている街、地域住民とつながっているのかどうかがわからない街のように感じます。
吉田:アムステルダムの街をぜひ歩いてもらいたいのですが、彼らは家の中を全部見せているんですよ。部屋にカーテンはつけない。非常に感性が豊かでインテリアにこだわっている。でも、財布の紐は世界の中でも一番かたいと言われている。あえてアムステルダムを選んだのは、そういったお客様が当社の製品を選んでくれるのか、挑戦したかったからなんですよ。
6年やってきて、一般住宅のプロジェクトや、造作や建具も含めた大掛かりなリノベーションの依頼もいただけるようになって、お客様ともつながることができたと実感しています。
――2022年のミラノに関しては、コロナ禍の真っ只中のオープンでした。世界規模で価値観の変化があったように思いますが、いかがでしょうか?
吉田:我々の中では『このコロナ禍の3年間は世の中の時間が止まった』ととらえているんです。一度立ち止まって、ライフスタイルや住宅、家具について皆さんが考えていくきっかけになったんじゃないかな。
僕らとしては『時間が止まっているからこそ動こう』と考えました。商品開発や、ミラノをはじめ国内でもお店の出店についてじっくりと取り組みました。
日本のものづくりの可能性
――日本的なものづくりを、ヨーロッパの方はどう受け止めているんでしょうか?
吉田:家具は、ヨーロッパがデザインの主流だと考えていると思いますよ。照明器具でも、イタリアのブランドは高度なテクノロジーがあり、日本の照明と比べると大きな差がある。
ですが、当社の照明は有難いことにとても評価してもらっているんですね。なぜなら、和紙、つまり日本の素材を使っているからだと思います。僕らは原料に楮(こうぞ)を100%使って、一つも手を抜くことのないプロセスで時間をかけて手作りしたものを使います。一見、機械で漉いた(すいた)和紙と変わらないかもしれませんが、ものの背景を僕らはきちんと説明できる。家具についても、これはナラ材で、北海道の木を自分たちで製材しています、と説明ができます。国内で調達して加工しているとその工程を見ることができ、ものづくりの背景を伝えることができるのが我々の大きな強みだと思います。
――自然と共生する日本でしかできないものづくりに、興味や共感を持ってくれているんですね。
吉田:そうですね。ものづくりにおいては、必ずヨーロッパに勝ちたいと思っています。彼らも何十年もデザインという文化を育ててきているわけですから、ブランドとして追いつくことはまだまだ難しいと思っていますけど、日本が培ってきた思想や技術には大きな可能性があります。
今後、我々がどのようにその本質的な魅力、ものづくりの背景を空間や製品を通じて伝えられるかが求められていると思いますし、それに応えることで世界の人たちを豊かにしていくことができると思っています。
――国内外問わず、日本のものづくりの可能性を探りながら発信を続ける「Time & Style」。日本の魅力を伝えたいという気持ちは、BEARSが手がける「ドルフ・ブルーメン」のリノベーションとも共通するものがあります。
『願わくば、日本でももう少し住空間に対する価値観が成熟したものになってほしい』と話す吉田さん。それは、ものづくりの背景へ想いを馳せることから始まるのかもしれません。日本のアイデンティティを世界へ発信する「Time & Style」。今後の活躍に期待が高まります。
吉田龍太郎(よしだ りゅうたろう)
株式会社プレステージジャパン 代表取締役
https://www.timeandstyle.com/
1964年、宮崎県生まれ。1985年に独日協会の文化研修事業に参加し渡独。90年、ベルリンで弟の安志さんとともに「PRESTIGE JAPAN」を立ち上げる。2年後に帰国し、再生紙家具の販売を開始。97年には東京・自由が丘に「Time & Style」の1号店をオープンする。現在、国内5店舗のほか、ミラノ、アムステルダムに直営店、上海と北京に代理店を置く。