ドルフ・ブルーメン、完成。歴史と文化を受け継ぐディティール

2023.03.31

品川駅から徒歩5分ほど、由緒ある高級住宅地 “旧高輪南町” に建つ「ドルフ・ブルーメン」は、地下1階付き・地上10階建てのヴィンテージマンション。BEARSと「一畳十間」が協働し、高輪の緑を望むワンフロア物件のリノベーションを進めてきました。

そして、2023年春。物件との出会いから約1年をかけ、無事竣工を迎えました。

本プロジェクトのおさらいはこちら。

第1回:物件が建つ “旧高輪南町” の魅力とは?
第2回:理想の住まいを追求したドルフ・ブルーメンの美学
第3回:創造性とぬくもりに満ちた空間へ。そこに込められた想いとは
番外編:一畳十間、時を超える扉を探して

第4回となる今回は、いよいよ完成した居住空間へ。前回ご紹介した設計プランから誕生した空間の様子、そしてこだわりの素材や細部の魅力とは?
お披露目ツアーのはじまりです。

時を超える玄関扉を開けて

エレベーターを降りると、そこには本物の時代建具を採用した玄関の姿がありました。

家主やお客様がエレベーターを出ると、目の前に現れるのは、百年以上の時を重ねた蔵戸。その扉を開ければ、まるでタイムスリップしたかのように別空間が広がる──。

かつて江戸の玄関の役割を果たしていた “高輪” の歴史から、描いた空間のイメージをそのまま具現化したかのように、特別な佇まいの玄関が実現していました。

労を惜しまずに希少な時代建具を探し求めた理由、そして買い付けのストーリーはこちらの番外編「一畳十間、時を超える扉を探して」でご紹介しています。

アートが迎える玄関ホール

さて、そんな時を超える魔法にかかりそうな扉を開くと、やわらかな間接照明に照らされた玄関ホールが現れました。出迎えてくださったのは、一畳十間の共同代表を務める建築士の小嶋ご夫妻と建築士の石川岳さん。

──印象的な玄関について、お話を聞かせてください。

小嶋綾香さん(以下 小嶋(綾)):こちらの玄関は、ドルフ・ブルーメンに込められた当時の想いを現代に継承するように、『ようこそ』とやさしく迎えてくれるような空間をつくりたいと考えました。

一対の彫刻作品「花束」が人々を迎えるドルフ・ブルーメンのエントランスについて、作者の本郷新はこんな風に語っています。

ここを訪れる人々を、いつも花束を持って迎えてあげたい。そしてもし、『ようこそ!』という少女の小さな声が聞こえたら、私という作者はうれしいのである。

左右に開けた回遊式の玄関ホールは、両端の壁まで9mほどの長さがあり、正面の壁や造作ベンチにアートを飾ることができます。

──こちらのベンチは玄関ホールを貫く大きさ。とても存在感がありますね。

石川岳さん(以下 石川):桂の耳つきの一枚板を2枚継ぎ合わせたこのベンチは、幅が570cmもあります。実はこの木、3代続く材木店に80年間も眠っていたもの。玄関扉と同じ江戸時代を生きた木が時を超えて、ここで出会ったのかもしれません。こうした数奇な巡り合わせも住まいづくりの面白さですね。

──80年……! 不思議な縁を感じます。

石川:その他についてもお話しすると、玄関の壁は珪藻土、土間は自然素材の小石を敷き詰めた「洗い出し」という左官工法で仕上げています。陰影が美しく出るところも魅力。どちらも伝統の職人技です。

また、照明には細部までこだわりがあり、玄関に入った際に人感センサーで明かりがつくのですが、あえて5秒ほどをかけてじんわりと明るむように設計しています。急にパッとつくと、目がくらんでしまうでしょう。

──『やさしく迎えてくれる玄関』というのは、そこまで考え抜かれているのですね。

──玄関ホールの左手奥には床の間が設けられ、こちらにもアートが飾られています。

小嶋伸也さん(以下 小嶋(伸)):動線のつきあたりに床の間を設け、アートや季節の草花などを飾るのは、おもてなしの精神の表れ。空間の中に豊かなシークエンスをつくり、暮らす愉しみを生み出すことは常に意識しています。

障子のやわらかな光に包まれるLDK 

──床の間の前を通り、LDKの大空間にやってきました。実際に足を踏み入れると壮観です。大きな障子の光に体ごと包まれる感じがして、とても気持ちが良いですね。

小嶋(綾):南向きの障子窓は強い日差しを拡散してやわらかく室内に取り込み、しなやかな空気をつくってくれます。ここまでの大開口部は珍しく、これほど広く連続する障子窓は初めての試みでした。今回大切にしたのは、そのしやなかさに包まれる感覚。障子をLDKの両角までコの字型に広げることで、その意図を叶えています。

小嶋(伸):障子を取り入れる際、常に建物に合わせてオーダーメイドで設計を行うのですが、今回も細かな調整を重ねています。たとえば、障子戸の数を何連に抑え、「組子」と呼ばれる格子木をどの幅にすれば一番美しく見えるのか。小さな差でも全体の印象が大きく変わってくるんですよ。

──障子の光を受けて、さまざまな自然素材の質感がより際立つように感じました。夜の照明計画についてはいかがでしょうか?

小嶋(綾):照明設計はDAISUKI LIGHTの大好真人さんとの協働のもと、細部にまで気を配っています。夜は障子をすべて光らせてしまうとギラギラとした強さが出てしまうため、やわらかな間接照明と併せて、部屋の両角に灯籠のような明かりを配置しました。日本の美意識を感じる、慎ましくも深みのある陰影と光自体の存在感を味わっていただけると思います。

──選ばれた家具も上質なくつろぎ感を演出していますね。

石川:独特の表情が美しいソファとローテーブルはTIME&STYLEのものです。無垢のオークのフレームに日本古来から伝わる「鉄水仕上げ」が施されています。

──後ろのダイニングキッチンは温かみのある表情が素敵ですね。

小嶋(綾):キッチンにはさまざまな色味や表情を持つ素焼きタイルと天然木を採用しました。ダイニングテーブルは生活に馴染むように美しさと使いやすさを兼ね備え、食器が収められる仕様になっています。

冷蔵庫や食洗機は内側に納め、すっきりとした外観に

──ヴィンテージマンションをリノベーションすることについては、いかがでしょう?

小嶋(伸):まず、ヴィンテージマンションは変わった梁や柱、壁など削ることのできない構造上の制約が多く、解体してみるまで全容が分かりません。たとえば、ここで言えば、ドルフ・ブルーメンの意匠ともリンクする曲線状の壁は、空間に豊かさを生み出す表現であると同時に、構造壁をカバーする意図もあります。また、窓際に巡らせた縁側のような腰掛けは、同様に構造上の制約から閃いたアイデアです。予想外の制約から魅力あるオリジナリティが生まれることは少なくありません。

有機的な曲線を描いた壁は、左官職人の手仕事により珪藻土で造形され、さまざまな陰影の表情を見せる

小嶋(伸):もうひとつ、ヴィンテージマンションの魅力は、竣工当時の職人の手仕事。このドルフ・ブルーメンは、画一的な住宅に疑問を呈するオーダーメイドの思想があり、今ではなかなか見られないような手間暇がかけられています。たとえば、手仕事の体温を感じるエントランスサインにはグッときました。

──今回、BEARSの物件を手がけるのは2回目となりますが、前回のコープオリンピアとの違いを感じた点はありますか?

小嶋(綾):大きな違いはフロア構成ですね。コープオリンピアは特徴的な斜めの開口部を持つ、上下2層のメゾネットでしたが、こちらは約237m²の正方形に近いワンフロア。プレーンな大空間にどのようにメリハリをつけるかが課題となりました。

小嶋(伸):その回答として、私たちは大空間の中に小さな空間を散りばめるフロアプランを描いたのですが、2回目だからこそ、より思い切ったプランを導けたと思います。BEARS代表の宅間さんは、たとえ大胆な内容でも価値を創るためなら、挑戦を厭わない方。今回のプランの意図をすっと理解して、すぐにGOサインをくださいました。

さらに2回目ということで、前回築いた信頼関係や共通認識のもと、設計から施工までをスピーディに進めることができ、素材の選定や古材の導入といったディティールにより多くの時間を割けたと感じています。

大空間に豊かな変化をもたらす茶室

──LDKの一画に設けられた茶室は、この住宅の大きな特徴となりました。完成した茶室をご覧になっていかがですか?

小嶋(伸):茶室は思い切ってミニマルな四畳半に抑えたことで、大空間の中に意図通りのメリハリが生まれたと思います。室内は旧来の構成要素を削ぎ落とし、現代性を帯びた和の佇まいを表現できたのではないでしょうか。

凛とした佇まいの茶室。耳つき一枚板の床の間とIH炉を備え、和紙畳を採用

小嶋(綾)野田版画工房の手仕事による襖の仕上がりも素晴らしいですね。こんな風に立体的に回り込む襖絵を、暮らしの中で眺められる住宅はなかなかありません。一日の光の移ろいをぜひ楽しんでいただけたらと思います。

──モダンな茶室の佇まいや、大胆かつ繊細な襖の表情に惹き込まれました。こちらの作品については、野田版画工房の魅力に迫る特集記事にて、後日詳しくご紹介予定です。

さて、お披露目ツアーの前半はここまで。完成した居住空間の中から、ゲストにも開かれたパブリックスペースを主にご紹介しました。
ツアー後半となる次回は、よりプライベートな空間へ。

非日常のくつろぎを叶える、檜の開放風呂を備えたマスタールーム、戦前の文豪が愛した温泉宿のような書斎、秘密のパントリー、ワークスペースやゲストルームなど、さまざまな空間の魅力に迫ります。どうぞお楽しみに。


「ドルフ・ブルーメン」シリーズ記事はこちら

第1回:物件が建つ “旧高輪南町” の魅力とは?
第2回:理想の住まいを追求したドルフ・ブルーメンの美学
第3回:創造性とぬくもりに満ちた空間へ。そこに込められた想いとは
番外編:一畳十間、時を超える扉を探して
第4回:ドルフ・ブルーメン、完成。歴史と文化を受け継ぐディティール
第5回:非日常のくつろぎと愉しみを大空間に散りばめた家

DATA

小嶋 伸也

一級建築士 第368170号
https://ko-oo.jp/
https://ichijo-toma.jp/

1981 / 神奈川県生まれ
2004 / 東京理科大学理工学部建築学科卒業
2004-2007 / 中国大連にてフリーランス(加藤諭氏と共同)
2008-2015 / 隈研吾建築都市設計事務所
2015 / 株式会社小大建築設計事務所設立
2021 / 株式会社一畳十間設立




小嶋 綾香

一級建築士 第376705号

1986 / 京都府生まれ
2009 / TEXAS A&M University建築学科卒業
2012 / SCI-ARC(南カリフォルニア建築大学)修士卒業
2013-2015 / 隈研吾建築都市設計事務所
2015 / 株式会社小大建築設計事務所設立
2021 / ICSカレッジオブアーツ非常勤講師

Text by Jun Harada
Photos by SS/Keishin Horikoshi
         

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