北欧の家具工房CEOが見出した日本の住まいの “美しさ”
近年関心が高まっている北欧のライフスタイルやインテリア。
フィンランドに拠点を置く「NIKARI」は、木のぬくもりを感じる、シンプルで洗練されたデザインが魅力の家具ブランドです。
BEARSが「NIKARI」と出会ったのは、2022年の秋。編集部がフィンランドを訪問した際に工房を見学したことがきっかけでした。それから半年経ったこの春、CEOを務めるJohanna Vuorio(ヨハンナ・ヴオリオ)さんが来日されることに。前回のお礼に、今回はBEARSが手掛けたリノベーション物件をご案内しました。
北欧家具のプロは、日本の住まいに対してどのような感想を持つのか。部屋をご覧になったヨハンナさんにお話を伺いました。
世界で評価を受ける「NIKARI」の家具
20世紀を代表する世界的な建築家のアルバー・アアルトや、フィンランドのデザイナーであるカイ・フランクと共作したこともある「NIKARI」。創業者カリ・ヴィルタネンが生み出す家具は、熟練の職人技と質の高いデザインで国内外から高い評価を受け続けています。
70年代という早い時代からサステナブルな取り組みを行い、2014年からは、本社や工房で自社の水力発電所からの再生可能エネルギーのみを使用するという徹底ぶり。製作には木材を多用するため、植林事業にも積極的に関わっています。
2010年よりCEOを務めているのがヨハンナ・ヴオリオさん。国際的なデザイナーと共に数々の作品を発表し、世界で注目されるブランドへ成長させるなど、めざましい活躍をされています。
伝統的な文化技術を新しいデザインで
今回ご案内したのは、この春にリノベーションが完成したヴィンテージマンション「ドルフ・ブルーメン」。床や壁に木材、珪藻土、和紙など伝統的な日本の素材を取り入れながらも、現代的な観点でデザインされています。“自然素材とモダンなデザインとの共生”という志を同じくするヨハンナさんには、どう映ったのでしょうか?いよいよお部屋へご案内。まず玄関ホールに入ったところで率直な感想を伺いました。
Johanna Vuorioさん(以下ヨハンナ):フィンランドでは歴史あるものや長く使えるものが好まれるので、この玄関扉やベンチに惹かれました。土間に敷き詰められた石とのコントラストも素敵ですね。このようなディティールを見るとインスピレーションが湧いてきます。
ここに足を踏み入れたときにどこか歓迎されているように感じるのは、きっと壁や間接照明の色に温かみがあるからですね。空間にものが多すぎない点も、「NIKARI」が大切にしている『シンプル・イズ・ベスト』に通じるものがあります。
“床の間”も興味深いです。私たちの国でも部屋に季節の花を飾ってお客様をもてなしたり、家の中と外の自然を一体に感じて楽しむ習慣があるのですが、“床の間”のように草花やアートを飾るための特別な場所はありません。ぜひ、暮らしに取り入れてみたいと思いました。
クラフトマンシップを大切にする文化
玄関を上がり広いリビングへ進みます。この空間で特徴的なのが、一面に連なる障子窓です。
ヨハンナ:美術館ならまだしも、まさかこんなに障子が連なった大空間を住宅で見られるとは思いませんでした。
壁の曲線も印象的です。ここに暖炉を置いても似合いそうですが、日本はそこまで寒くはないですよね。クラフトマンシップを感じる珪藻土の壁や天井は、きっとフィンランドでも高く評価されると思います。
デザインと機能の融合
続いてリビングの一角にある茶室へご案内。“カハヴィタウコ”というお茶の時間を表す言葉があるフィンランドでは、コーヒーを飲み、友人や家族とのコミュニケーションを楽しむ文化が根付いています。日本の“茶の湯”も、お茶を立てて客人をもてなすコミュニケーションの場。互いに共感できる文化を持っています。
襖絵と茶室内のしつらえに目を輝かせながらも、ヨハンナさんが特に関心を持ったのは“欄間”をモチーフにした開口部です。“欄間”は装飾、換気や採光などを目的とした日本の伝統的な建築様式のひとつ。この部屋では空調の吸込口をカバーするために設けられています。
右:『この穴はなんですか?』と不思議そうに眺めるヨハンナさん。 ©Eiji Miyaji
ヨハンナ:デザインだけでなく機能性も重視するのは北欧も同じですが、この“欄間”にも装飾のほかに役割があるのですね。伝統的なデザインを用いて課題を解決しているところが素晴らしいです。
書斎に見る日本のライフスタイル
リビングから廊下を挟んで見える障子戸。その向こうには書斎があります。
天井に用いた葦(ヨシ)について、『本来は“アシ”と読みますが、“悪し”を連想することから反対の意味の“ヨシ”と呼ぶようになったそうです』とお伝えすると、こんなエピソードをお話くださいました。
ヨハンナ:フィンランドでは昔、熊が神様だったので直接『熊』と呼んではいけないという言い伝えがあって、ニックネームをつけて呼んでいました。“ヨシ”と“アシ”の話となんだか似ていますね(笑)
ご存知ない方もいらっしゃいますが、フィンランドでも家にあがるときは靴を脱ぐんです。くつろぎたいときは畳のように床に座ることもあるのですが、やっぱり寒さが厳しいのでソファや椅子を使うことが多いです。
この部屋は床が上がっているぶん、天井が低いんですね。北欧の家は、部屋ごとに天井の高さを変えることはあまりないので新鮮です。日本の空間には繊細な世界観を感じます。
海外から見た日本らしさ
最後にご案内したのが、檜風呂を室内に備えたマスターベッドルーム。ヨハンナさんも思わず驚きの声をあげました。
ヨハンナ:すごい!この部屋は、私たちが持つ日本のイメージそのものですね。
以前、弊社の創業者が檜風呂は作るのがすごく難しいと話していたことを思い出しました。それに日本の気候と違って乾燥していたり気温が低くなるのもあって、住宅に導入するのは大変なんです。ここは檜風呂を部屋に置くという、“新しいスタイルの贅沢”を感じる特別な空間になっていると思います。湯舟に木が使われていてフィンランドのサウナのような雰囲気もありますね。
障子を閉めたときと開けたときで、部屋の印象ががらっと変わるのもおもしろいです。閉めているときは日本らしい落ち着いた空間ですが、開けると窓の向こうに大都会が広がっている。気分によってどちらも楽しめるのがいいですね。
フィンランドにはない「こだわり」という言葉
ヨハンナ:はじめて日本の住宅に入ったのですが、自然由来の素材や香り、障子のデザインとそこから入る光など、いたるところにくつろぎが感じられました。そして、そこに機能もデザインもある。部屋のすべてにこだわりが見えました。
実は“こだわり”という言葉は、フィンランド語にはないんです。フィンランドでも、ものづくりにおいて職人技が評価されていますし、職人は最後の最後まで丁寧につくります。それはまさに“こだわり”だと思うのですが、直接表す言葉が存在しないんです。この単語があることで、日本人がいかに“こだわる”ことが得意で、好きなのかということが伝わってきました。
ーーヨハンナさん、この”こだわり”という言葉が非常に気に入ったようで、お帰りまでの間何度も口にされていました。
歴史に根ざした素材や伝統的な職人の技術を取り入れた今回の部屋。ヨハンナさんの視点を通して、日本文化の魅力を再発見することができました。長い時間を過ごす住まいだからこそ、“こだわり”を身近に感じる暮らしはいかがでしょうか。
身近に “こだわり” が感じられる暮らしは、実はとても贅沢なのかもしれません。
Johanna Vuorio ヨハンナ・ヴオリオ
NIKARI CEO
https://nikari.fi/
https://nikari-japan.com/
2010年より、NIKARIのCEOを務める。木材開発とビジネスに通じ、創業者であるカリ・ヴィルタネンの意志を継ぎ培ってきた木工加工技術を次世代につなげるとともに、よりグローバルに展開。サステナブルな取り組みとともに、ジャスパー・モリソンをはじめ多くのデザイナーとのコラボを実現し、世界的なブランドとして知られるように。