数十年先もクライアントが幸せに暮らせる住まいを—建築家・黒崎敏インタビュー

2023.11.24

南青山に事務所を構え、国内外で数多くの建築を手掛けている建築設計事務所「APOLLO」代表・黒崎敏(くろさき さとし)さん。ラグジュアリー層向けの物件を数多く手がけ、イタリアの老舗家具ブランド「ポルトローナ・フラウ」のブランデッドレジデンスのプロジェクトも現在進行中です。
住宅建築では、依頼主とのコミュニケーションを大切にしながら、住まい手がどのような暮らしをしたいのかを追求し、唯一無二の住空間をつくり上げています。

これまで多くの住まい手の希望を叶えてきた建築家から見た、“理想の住まい” とはどんなものなのでしょうか。住宅に携わるようになった原点やこだわり、今後の展望について、黒崎さんにお話を伺いました。

原点は “小さな家”

南青山の閑静な街並みの一角に佇む「APOLLO」。グレーを基調としたモダンなデザインの室内に陽射しが気持ちよく入り、居心地の良い温かさに包まれます。

――はじめに、事務所について教えてください。

黒崎敏さん(以下、黒崎):この事務所は私自身が設計したものです。以前は、千代田区二番町に事務所を構えていたのですが、その当時のクライアントから、南青山の建築の設計を依頼されました。この事務所のビルのことですね。完成後、クライアントから『できればAPOLLOさんに入居してほしい』と連絡があったのです。二番町の事務所も気に入っていたので少し悩んだのですが、『これもご縁』と入居することになりました。結果的には、ここに来てよかったですね。南青山という土地柄から、近くに住む方からの依頼も増えましたし、私自身も同じ港区南青山住民ということもあって、クライアントの方々と仲間意識のようなものも感じています。

――これまでも住宅をメインに手がけてこられたのでしょうか。

黒崎:そうですね。個人の住宅を数多く設計してきました。私は大学卒業後に工業化住宅メーカーの企画開発に携わった後、独立して事務所を構えました。現在はホテルやヴィラなども手がけていますが、私の建築家としての原点は、独立後のまだ駆け出しの頃に設計した小さな家なんです。

『小さな土地があるから立体駐車場をつくりたい』という依頼主に、『この広さなら家がつくれますよ』と逆提案したんです。そして、9坪の敷地に建坪7坪、5階建ての家をつくりました。『小さくても宝石のような建築をつくりたい。光輝き、密度の高い、完璧なディテールの建築をつくればきっと喜んでくれるだろう』と思ったんです。結果的にこの建築が多くの建築雑誌に取り上げられ、建築家としてのスタートを切ったわけです。

その後、小さく緻密なものがつくれるのなら、もっと大きなものもつくれるだろうということで、だんだんと邸宅やヴィラ、ホテルなどの依頼をいただくようになっていきました。

――建築家を志した当初から、住宅をつくりたいと思っていらっしゃたのでしょうか?

黒崎:実は、学生時代は大規模建築や街全体をつくるような仕事に憧れていて、住宅に特別興味を持っていたわけではなかったんです。それが縁あって仕事をしてみると、家というものに建築本来の面白さを感じました。たとえば、安藤忠雄さんは「住吉の長屋」でデビューしましたし、世界の名だたる建築家も住宅を多く手掛けていますよね。私も住宅がもつ本質的な面白さや奥深さにのめりこんでしまいました。

――住宅の設計をする上で、どのようなことを大事にしていらっしゃいますか?

黒崎:構造そのものに美しさがあり、一見シンプルでもよく見ると緻密に考えられていることがわかるような、そんな設計を心がけています。
そのためには、クライアントと本音で向き合うことが必要です。建築家だけで『これがいいだろう』と簡単に決めつけてしまうと、ありふれた家になってしまうのですね。そうではなく、クライアントが数十年にわたりこの家でどう過ごすのか。そういったことを丁寧に想像しながら、クライアントと会話を重ね、共につくることが大事なのです。

私は、家というのは、住まい手が『ここから様々なことにチャレンジしていこう』と思える場所でなければならない、と思っています。たとえばプロスポーツ選手であれば、疲れた身体を休めて、トレーニングをして、という特別な生活をされています。そういった方には、どんな家が求められているのか―これを考えていくためには、建築家がクライアントのライフスタイルや考え方を深く理解しなければいけないのです。ですから、私は設計前に、可能な限り言葉を尽くして、クライアントとコミュニケーションを行うことをとても大切にしています。

自然光が織りなす光と影のコントラストを住宅に取り入れる

――黒崎さんの手掛ける住宅に共通する特徴のようなものはありますか?

黒崎:一つ挙げるなら、自然光を大切にしていることですね。建築も人生も同じですが、光があれば、影もあります。光と影” により生じる絶妙なグラデーションやコントラストが建築に生まれることで、生活には豊かな移ろいが加わります。

また、私の設計する住宅では、はっきりと用途が決められていない空間= “余白” のようなものを入れることも特徴といえるかもしれません。私は、住宅というのはプライベート空間でありながら、パブリックの要素も持っていると考えているので、内と外がつながる部分を意識しています。招かれた人が使う場所であったり、近所の人と交流が持てる場所だったり…。家に余白の空間があることで、自分や家族が、社会や環境とのつながりがもてるのではないかと思うのです。プライベートに閉じた部分とパブリックに開いた部分をいかに調和させるかということは、私が重視している点ですね。

――個人の住宅にパブリックな部分をもつという発想は、何かルーツとなるものがあるのでしょうか。     

黒崎:私は石川県金沢市出身で、実家が古いお寺なんです。お寺というのは常にパブリックに開かれた場所でありながら、私たち家族が生活する場所でもある。また、お寺や庭の維持や修復のために職人さんが年中出入りしています。そうした少し特殊な空間で育ったことが影響しているかもしれません。

――古刹(こさつ)で生まれ育つというのは、特別な経験ですね。

黒崎:そうですね。真っ暗な空間で灯りもないのに鈍く光る仏像が、私の中の強烈な原体験です。お堂で蝋燭を焚くと、闇の中で仏像がぼうっと浮かびあがる。そんな空間の中の光の移ろいというのを、私は身体的に経験してきました。現在の私は「光と影のコントラスト」を建築のテーマとしていますが、これはまさに幼少期の体験からですね。

子どもの頃は、実家のお寺に出入りしていた職人さんに憧れ、『左官職人になりたかった』という黒崎さん。高校生の頃から家具やインテリアに興味を持ち、それをきっかけに建築の道へ進んだという

美しい構造はいつまでも残るもの。時代を超えて愛され続ける家をつくりたい

――最近はどのような物件を手がけていますか?

黒崎:イタリアの家具ブランド「ポルトローナ・フラウ」のブランデッドレジデンス[*]の建築が現在進行中です。

*ブランデッドレジデンスとは、ラグジュアリーブランドや世界的ホテルチェーンなどが、ブランド名を冠した高級レジデンス

我々建築家は、建物という外側から家具にアプローチして、その家具が置かれるベストな空間をつくるということになります。日本という場所ならではのライフスタイルをトータルで提供するプログラムに共感し、本国のクリエイティブディレクターとしてこのプロジェクトに参加することになりました。

ブランデッドレジデンスを設計するにあたって最も重要なのは、そのブランドの本質を深く理解することです。家具ブランドであれば、その家具が持っている力そのものを理解しなければいけない。「ポルトローナ・フラウ」は、これまで私が手掛けてきた建築の中でもたくさんの家具を採用してきたので、親しみを持っているブランドです。今回改めて、なぜこんなに上質な皮革をつかっているのか、なぜこんなにエレガントなステッチになっているのか…。そういったことを、歴史的な背景や創業者の思想などを含めて勉強したいと思っています。そのため、イタリアの製作工場にも足を運んで、職人さん(アルティジャーノ)の仕事を把握するということもしています。

「 Poltrona Frau (ポルトローナ・フラウ)」は、独特の柔らかさを持つ「ペレ・フラウ」と呼ばれる最高級の革を使用した家具で、1912年の創業以来、高い評価を得続けている ハイエンドデザインのイタリアン・ブランド

黒崎:ブランデッドレジデンスは、そこに住む人が前もって決まっているわけではないので、普段のように未来の住まい手と顔を合わせて話し合いをしながら進めることはできませんが、『未来にここに住むのがどんな人なのか。このブランドの家具がお好きな方であれば、こういう暮らしを望んでいるのではないか』ということを考えながら進めるのは楽しいですね。

――BEARSではヴィンテージマンションのリノベーションを多く手掛けています。黒崎さんはリノベーションについて、どのようにお考えでしょうか。

黒崎:いわゆる「ヴィンテージマンション」と呼ばれる少し古い時代に建てられた物件は、今よりも比較的ゆとりのあるスケールでつくられていて、“構造そのものの美しさ” がありますね。リノベーションでは、現代の建築家がその美しさを理解し、どのように生かしつつ今の時代にフィットさせるのかを考えながら、住まい手の理想につなげていくことが必要です。過去・現在・未来という時間の流れを考えながら、タイムレスにデザインするということですね。

リノベーション物件を何か特別なものと考える方も多いですが、私は新築物件もある意味ではリノベーションだと考えています。というのも、まっさらな土地に建てる新築物件でも、周辺環境や街並みとの関係、陽射しや風向きなどあらゆる状況を考えなければいけないので、『今そこにある状況をどう生かし、どう変えていくか』という点ではリノベーション物件と同じなんですね。もちろん、『設備や構造の関係上ここは動かせない』とか、『専有部分は変えられるけれど、共有部分を変えるには交渉が必要になる』など、既存物件ならではの制約はありますが。それでも、私はリノベーション物件が特別なものとは思っていないんですよ。

落ち着いたトーンでまとめられた事務所のコーナーには、黒崎さんの作品集『APOLLO Architects & Associates Satoshi KUROSAKI』も

――長く住宅に携わってきた黒崎さんにとって、 “理想的な住宅” とはどんなものでしょうか?

黒崎:現在は、多くの人が “家に合わせた生活” をしていますよね。生き方に合わせた家を選ぶのではなく、与えられた空間に自分を合わせる生き方を選択している。みなさん忙しすぎて、自分にもっと他の選択肢があることを忘れてしまっているのかもしれませんね。でも、私は家というものはもっと “自分で選んでいいもの” だと思っています。自分にとって “そこに住むことでもっと元気になれる場所” 、 “その家にいると自分らしく生きられる” —そういった住まいが理想的な住宅と言えるのではないかと思いますし、そういう家を選んでほしい。そのために建築家は、ずっと居たくなる空間、いつでも帰りたくなる空間をつくらなければいけないですね。
私がいつも考えているのが、自分は “place maker” でありたいということです。建築家はよく“空間”という言葉を使いますが、空間= “カラの場所” ではなく、心地よいplace= “居場所” をつくりたいのです。

――建築家として、これからやっていきたいことを教えてください。

黒崎:未来の人がずっと使い続けられるような美しい構造を作り続けることですね。構造そのものがシンプルで美しければ、それは未来に受け継がれていく。その延長で、美しいプロポーションの街並みができる。そんな仕事をしていきたいと考えています。

時代が変化しても人を魅了し続ける「美しい構造」にこだわりたいという黒崎さん。『建築家はそこに住むことで生活がもっと楽しくなる家をつくらなければ』という言葉が印象的でした。何をもって暮らしやすさとするのかは、十人十色。クライアントと話し合いを重ね、潜在的なニーズを理解しながら、望みを超える家をつくりあげていくそうです。
『家に自分を合わせるのではなく、自分に合わせて家を選ぶ』。日本人は何かに自分を合わせることが得意と言われますが、住まいに関しては、もう少し自分主体で考えてもよいのかもしれません。「ポルトローナ・フラウ」のブランデッドレジデンスの完成は2026年とのこと。黒崎さんの今後のご活躍が益々楽しみです。

DATA

黒崎 敏 | Satoshi Kurosaki

株式会社APOLLO代表取締役 / 建築家
https://apollo-aa.jp/

大手メーカー新商品企画開発、設計事務所主任技師のキャリアを経て、2000年に自身が主宰する設計事務所APOLLO を設立。現在は邸宅、ヴィラ、リゾートホテル、クリニック、商業施設の設計を中心に国内外で設計活動を行う。世界的デザイン賞であるWallpaper Design Awardで「Best New Private House」を受賞するほか、Archiproducts Design Awardsでは6年連続日本人審査員を務めるなど、海外でも高い評価を得ている。

一級建築士、統括設計専攻建築士
明治大学理工学部建築学科卒業
2008~2010年 日本大学理工学部非常勤講師
2014年 慶應義塾大学大学院非常勤講師
2017~2019年 慶應義塾大学理工学部非常勤講師

Text by Sayoko Murakushi
Photos by Eiji Miyaji
         

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