都内と地方都市にみる、街づくりの展望
環境への配慮が大前提となっている近年のエリア開発で、取得が一般化しつつある “LEED” や “WELL” などの認証システム。この認証は都市の緑化のみならず、住みやすく働きやすい環境作りにも貢献しています。前編に続き、株式会社ヴォンエルフ代表取締役の平松宏城(ひらまつひろき)さんにお話を伺いました。
地方都市のポテンシャル
2015年のパリ協定以降、環境に対する世界の常識は大きく変わりました。ESG(環境、社会、ガバナンス)に配慮している企業は機関投資家から高い投資評価を得られるようになっています。その判断指標のひとつが、平松さんが手がけられている “LEED” や “WELL” など、環境性能の認証制度を取得しているかどうかです。
前編では、『もしゼロカーボンの物件があれば、地方でも投資対象になるかもしれない。そういうことでお金の流れを変えることも可能』という平松さんのお考えを伺いました。では、日本の地方都市にはどんなポテンシャルがあるのか、詳しくお聞きしていきます。
ウォーカブルな都市の動線
――パリ協定以降、エネルギーに対する考え方以外にも様々な変化が起きていますよね。例えば前回お話に出た「麻布台ヒルズ」が “ウォーカブルな動線” を街のデザインに取り入れているというのも、街づくりする上での良い変化と言えるのかなと思います。
平松宏城(以下、平松):その通りですね。私自身もウォーカブルな都市の動線を作りたいという気持ちがあります。ニューヨークのハイラインのように産業遺産を公園にするとか、街路を緑化して自転車道路を整備するという方法もあると思います。
――東京でもそれができるといいですよね。例えば丸の内の仲通りでは、通り全体を公園化するイベント「Marunouchi Street Park 2024 Summer」をこの夏、期間限定で実施していました。
産業遺産を再利用したハイライン
平松:ニューヨークのハイラインが画期的だったのは、廃線になった鉄道の路線を公園として再利用した点にあります。マンハッタンの中でも治安の良くなかったエリアが、わざわざ訪れたくなる魅力的な場所に変わったわけです。それに伴って周辺も開発が進みました。現在も “外部空間を有効に使っていこう” という機運がどんどん高まっていると思います。
――日本の場合、一つのデベロッパーがエリア全体の開発を請け負うことが一般的なので、有機的な面白さがつくりづらいというのはあるかもしれません。
平松:それはそうですね。日本の開発はエリア単位で完結してしまうので、例えば東京を俯瞰的に見た時に緑地はポツンポツンとあるものの、繋がりがないですよね。対して、ニューヨークのハドソンヤードは巨大なデベロッパーが開発をしていますけれど、ハイラインと繋がってインパクトのある開発ができていると思います。
NYの公園を運営する非営利の組織
――日本では開発に際して公開空地(注)というものが設定されますけれど、緑化が画一的で魅力に乏しい場所が多い印象を受けます。それも最近は変わってきているんでしょうか?
(注)ビルやマンションの敷地内に設けられた、周辺住民や通行人など一般の人も自由に出入りできる空間のこと。
平松:日本で公開空地をどう作ってどう使うかという点においては、改善の余地がまだまだあると思いますね。日本の問題は、公共の空間をマネージメントする組織の財務基盤が弱いことです。アメリカの場合は、例えばセントラルパークやブライアントパーク、ハイラインなどの主だった公園は、非営利の組織によって運営されています。これらの組織はレストランやカフェの営業や各種イベントへの場所貸しなどで稼ぐ力を有しています。
平松:また公園の価値を高めたいと望む人、寄付者としてのステイタスを得たい企業などへの寄付金勧誘も有効に機能していますし、そこへ寄付した人は税控除を受けられるというメリットもあります。次から次へとお金が集まることが制度的に担保されており、資金の流れが公園やスペースに還元するという好循環が生まれているのです。
――緑化をサポートする組織が、財務的にもきちんと自立できているというのが素晴らしいです。日本にはまだないですが、あった方が良いですね。
平松:そういう組織を運営したいんです。不動産事業も視野に入れて、何か新しいことを始めたいと思っています。
――それは、東京での展開もお考えですか?
平松:東京は諸条件が揃っていてやりやすくはありますが、地価が高いのがネックです。それを考えると、やっぱり地方じゃないですかね。地方都市の駅前は、いろいろ改善の余地がある場所が多いのではないでしょうか。たとえば今、私の会社がサテライトオフィスを置いている浜名湖の西側の湖西(こさい)市もそうです。
浜名湖の西岸にサテライトオフィス
平松:湖西市は浜名湖を始め、湖西連峰、天竜川など豊かな自然に恵まれているにもかかわらず、自然の恩恵が街づくりに活かされていないように思います。そういうところの都市動線と自然へのアクセシビリティを整えて、小さくていいので複合的な商業施設をつくって、裏のテラスからはカヤックに乗って浜名湖に出られるような、土地の特性に合わせた街づくりをしてみたいですね。
――どうして東京だけでなく湖西市にも拠点を構えたのでしょうか?
平松:東京は本当に素晴らしい都市です。他国の都市に比べれば、安くて美味しいものがたくさんあるし。しかし気候変動の影響で暴力的ともいうような強度の降雨に対してはきわめて脆弱で、地震などの災害が起きた時に東京にしか拠点がないというのはリスクがある。だからこそ、バックアップオフィス的な意味合いもあって湖西市にサテライトオフィスを出したんです。
――ヴォンエルフは会社としても、ウェルビーイングなオフィスのあり方を実践されていますよね。
平松:今うちのスタッフには『月6万円で移動できる範囲内だったら、どこで働いてもいいよ』と言っているんです。どこかのシェアオフィスでも、リモートワークでもいい。海の近くで朝一でサーフィンしたり、農作業したりしてから働く人なんかも出てきているようです。そんな感じで働いてもらえるといいなと思っています。
古民家カフェで果樹園再生を実践
――湖西市ではサテライトオフィスの他に、カフェも運営されているんですよね。
平松:そうなんです。私と妻と娘で「ロンポワン」という古民家カフェをやっています。「ロンポワン」は “環状交差点” を意味するフランス語で、ヴォンエルフ(人間のための街路の意のオランダ語)と同じく都市計画用語なんです。『直線ではなく、曲がりくねった道をゆっくり歩くことは思索にも適していて、今まで見えなかったものが見えてくる』といった想いも込めています。
――ご家族は浜名湖にお住まいなんですか?
平松:妻も私と共にヴォンエルフを経営しているので、都内と浜名湖を行ったり来たりしています。娘は向こう(湖西)に住んでいます。
――「ロンポワン」は、だんだん人気が出てきているそうですね。
平松:そうなんです。すごくいいカフェなんですよ(笑)。
――先日伺った時には、ヴォンエルフのスタッフの方がカフェの壁を塗っていて驚きました。
平松:内装は手間ひまをかけて全部手作りしています。ご近所の方を始め、総勢150人くらいが手伝ってくれました。
平松:浜名湖西岸には高齢化や人口減少で手入れがなされなくなった果樹園がたくさんあるんです。そこでは、季節ごとに無農薬の天然の果実が人知れず、豊かに実っています。「ロンポワン」ではそういう果実を使ったケーキや焼き菓子をランチメニューに添えることで、果樹園の方の再生にも取り組んでいます。
――環境認証のコンサルティングという最先端のお仕事とはまた違った、人や自然との触れ合いを感じるプロジェクトですね。ちなみに農園も始められたと伺いましたが。
平松:「ビッグリトルファーム」というアメリカのドキュメンタリー映画がありまして。あの映画の題材になった再生型の農園を、湖西市でやろうとしているんですよ。スケールは100分の1ですが、平飼いで有精卵の養鶏やニホンミツバチの養蜂もしています。草刈りはヤギに手伝ってもらっています。今度、そこに滞在できる農泊施設も計画中です。
豊かな暮らしは2拠点生活にあり
――最後に、平松さんにとっての豊かな暮らしはどんなものか、お伺いできますか。
平松:やはり2拠点生活ですね。湖西市では自然の中で遊んだり、畑を耕したり、もうファーマーになっています(笑)。私の出身が地方ということもあり、都心と田舎の両方があるとすごくバランスが取りやすいと感じます。
自然の恩恵を活かした街づくり
セントラルパークやハイラインなど、ニューヨークの環境に配慮した街づくりを見てこられた平松さん。東京の再開発では “LEED” 認証を普及させることでESG の促進に貢献されてきました。
そして、平松さんの次の目標は地方都市を再生させること。今回うかがったお話から見えてきたのは、これからの時代の魅力ある都市のあり方です。その土地固有の自然の恩恵を再発見して共存することこそが、豊かな暮らしへの鍵だと言えるのではないでしょうか。
平松宏城 Hiroki Hiramatsu
日米の証券会社から環境NPOを経て、社会起業家として2006年に㈱ヴォンエルフを立ち上げる。 2013年、非営利活動として(一社)グリーンビルディングジャパンを立ち上げ、設立から8年間代表理事を務める。 2021年、日本政策投資銀行と米国認証審査機関GBCIとの共同出資で㈱Arc Japanを立ち上げ、ヴォンエルフでのサステイナビリティコンサルティングに加え、都市や不動産のESG性能のベンチマークも推進する。 woonerf.jp