旧朝香宮邸にインスパイアされた空間に、夫婦の歴史や個性を重ねて

2022.11.25

月日が経ってもなお、その価値を高く保ち続けるヴィンテージマンション。

本連載「Private View」では、人々が大切に住み継ぐことで育まれ、さらに魅力を増していくヴィンテージマンションでの暮らしにスポットを当て、古いものに新しい価値を見出す方々の豊かな暮らしを叶えるヒントを紐解き、ご紹介していきます。

今回は、窓一面に白金台の森を望むヴィンテージマンションにお住まいのご夫婦を訪ねました。夏の終わりに引っ越しを終えたばかりというおふたりに新居との出会いと理想の暮らしについて伺った前編に続き、後編は「旧朝香宮邸」のアール・デコ様式にインスピレーションを得てデザインされた居住空間でのご夫婦の住まい方に迫ります。

オーダーメイドの空間に暮らす喜び

──こちらの物件はBEARSの企画のもと、設計デザインと内装から家具までのトータルコーディネートを「リブラスタイル社」が手がけています。デザイナーであり、同社の代表を務める手塚由美さんにデザインコンセプトを伺いました。

本物件の空間デザインは、同じ白金台に建つ「旧朝香宮邸」にインスピレーションを得ています。1922年から1925年までフランスに留学していた朝香宮夫妻は、同国で当時全盛期だったアール・デコの様式美に魅せられ、帰国後に自邸を建築する際、フランス人芸術家のアンリ・ラパンに依頼し、その隅々にアール・デコの精華を取り入れました。

今回のリノベーションでは、直線や幾何学柄などが特徴のアール・デコの美学を取り入れながら、約半世紀ほど前に建てられたこのレジデンスを、令和の時代に合ったモダンな空間にアップデートしたいと考えました。

時代とともにインテリアも多様化する中、かつては高級感といえば重厚感のあるダークな色合いが定番でしたが、現在は色合いや素材だけで高級感を演出する時代ではなくなっています。周囲の豊かな自然や歴史的建造物の文化を享受するこの住まいは、窓から望む緑を活かして明るくナチュラルに、かつクラシックのエッセンスとラグジュアリー感を掛け合わせてデザインしました。

現在は「東京都庭園美術館」として公開されている「旧朝香宮邸」。1933年に竣工した建物はアール・デコの様式美を現代に伝えている

──こうしたコンセプトのもとデザインされた空間にお住まいになっていかがですか?

ひとつのテーマに沿って創り上げられた空間は隅々まで統一感があり、美しいですね。私たちには考えつかないような、洗練された内装と家具のコーディネーションに唸りました。以前は『集合住宅であれば、画一的な空間になるのは仕方がない』と考えていましたが、まるで戸建の注文住宅のように『オーダーメイドの空間に暮らす喜び』を感じています。

入居時はこの空間の雰囲気を壊さないように、別荘にあった家具や小物との入れ替えを行うなど、私たちなりに頭を悩ませました。番町にあった旧居のインテリアはダークな色合いがベースでしたが、明るいトーンの空間に暮らし始めて、気持ちまで明るくなったようです。

──家具に関しては、ひとつ面白いエピソードがあるそうですね。

ええ、このリビングのソファはアルフレックス社の「BOURG(ブール)」というのですが、実は私たちが以前から心惹かれて購入を検討していたソファでした。まさにそのソファがこの部屋で私たちを待っていてくれたのです。私たちの感性と、リノベーションデザインを手がけてくださった手塚さん、そして何よりもこの新居との出会いに不思議な縁を感じ、思わずふたりで顔を見合わせてしまいました。

──素敵な偶然ですね。インテリアに関して、お気に召したところは他にもありますか?

洗面所の壁面のデザインは特にお気に入りです。大きなダリアの花が繊細なモザイクタイルで描かれていて華やか。毎日洗面所を使うたびに嬉しくなります。

また、LDKなどに使われている大理石調の床タイルも気に入っています。明るい印象で手入れしやすく、無地のものより汚れが目立ちにくいのもいいですね。見た目の美しさだけでなく、暮らしやすさまでよく考えられているなと感じました。

夫婦の歴史や個性、遊び心を空間に重ねて

──クラシックな籐の椅子や飾り棚、窓際のランプなど、お部屋に加えられた家具や小物がよく馴染んでいて、とても素敵ですね。デザインされた空間におふたりの歴史や温かみ、知性が加わり、さらに魅力を増した様子に見とれてしまいました。

ありがとうございます。私たち夫婦には、何十年と大切にしてきたヴィンテージやアンティークの家具や小物がいろいろあります。

たとえば、窓際のランプは母から受け継いだものです。

──お部屋のあちこちに飾られた陶器や絵画、オブジェなども印象的です。

夫婦とも芸術が好きで、心惹かれたものを住まいの中にも飾って楽しんでいます。

飾り棚や壁面に飾っている陶器の数々は、長年絵付けをたしなんでいる妻の作品です。奥の部屋は妻が絵付けを行うスタジオスペースとしても使っているのですが、そちらにある飾り棚にもたくさんの作品を飾っています。

廊下には、愛用していたスカーフを特注のフレームに入れてディスプレイしています。こうすれば、美しい柄をアートとして眺められるでしょう。季節ごとに入れ替えて楽しんでいます。

この日飾られていたのはエルメスのヴィンテージスカーフ

時間によって移り変わるリビングの雰囲気を楽しむ

──このお家でのお気に入りの過ごし方はありますか? 

何と言っても、リビングでのひとときですね。朝は寝起きに眺める新鮮な緑、昼間は街を行く人々や車、そして羽田空港へ向かう旅客機の喧騒を楽しんでいます。

夜もまた、いいですね。照明システムを少し暗めの明かりに切り替えて、妻が弾くスタインウェイやオーディオから流れる音楽を聴きながら、贅沢にジャズバーやライブハウスの雰囲気を満喫しています。

休む前のひとときには、イルミネーションを美しくまとった東京タワーを眺めることも忘れていません。これからの寒い季節は暖炉を味わうのも楽しみです。

奥様の着物の帯をピアノカバーに。炎のゆらめきを手軽に楽しめるエタノール暖炉が冬を待つ

白金台エリアに暮らす楽しさ

──周辺環境についてはいかがですか? 

近所の「自然教育園」をはじめ、空いた時間に⻑めの散歩をすることが夫婦の楽しみのひとつになりました。

私たちにとって、ここからほど近い白金や高輪あたりはゆかりのある場所なのですが、“白金台エリア” の開拓はまだまだこれから。最近は近くに住む友人知人からもいろいろな情報を得て、少しずつ地域の魅力を発見しています。白金台駅や目黒駅へも歩きやすい距離なので、広尾や恵比寿などへも足を延ばして街歩きを楽しんでいます。

季節とともに街の景色も移ろいつつあり、散策しながらその変化を味わうのも一興ですね。

いちょう並木沿いにレストランやカフェ、ブティックなどが並ぶ「プラチナ通り」

周囲の自然や文化を享受する新居をベースに新たな日々を楽しむおふたり。時を重ねるほどに深みを増していくヴィンテージのように、この家もご夫婦の豊かな時間に育まれ、さらに魅力を増していくことでしょう。

Text by Jun Harada
Photos by Fumiko Nakayama
         

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