元アルペンスキーヤー・浦木健太が語る、
オーストリアの成熟した暮らしのリズム
スキーやスポーツが日常にある社会
浦木:オーストリアの人たちにとってスキーは特別なスポーツではなく “生活の一部” です。小さな街ごとにスキーチームがあり、幼い頃から自然と触れる機会があります。各地域にはゴンドラやリフトのあるスキー場だけでなくクロスカントリースキー[*]のコースも整備され、歩くスキーや山岳スキーを楽しむ人も多いですね。
[*]雪原や林間のコースを、自分の足で歩く・滑る動きで進みながら自然を楽しむスキー。景色を楽しみながらゆったりと運動ができるのが魅力。
またスキーを “観る” 文化も根付いています。チロル州のキッツビューエルという街では毎年アルペンスキーのワールドカップが開催されるのですが、実に10万人規模の観客が集まり、皆で観戦を楽しみます。


(下)信号機にもスキーのサインが。生活の中にスキーが息づいている。
浦木:こちらの人は自然の中で運動をする機会を大切にしていますね。夏になればスキー場はハイキングを楽しむ人で賑わいますし、街の中心を流れるイン川沿いのランニングコースでは自転車やジョギングを楽しむ人が多くいます。

浦木:私は意外とインドア派なので(笑)、休日は家で妻とワインを飲んだり、スーパーで買ってきた食材で料理するのを楽しんでいます。
その点、現地の人はあまり料理に時間を割きません。食事はハムやパンで簡単に済ませて、その分ほかのことにあてています。インスブルックと日本の暮らしを比べてみると、時間の使い方は大きく異なるかもしれませんね。こちらの人は『仕事は生きるためにするもの』という考え方が主流で、短時間で集中して終わらせたら、あとは家族との時間や自分の時間を大切にしている印象です。
成熟したヨーロッパと、可能性を秘める日本
浦木:オーストリアは北海道ほどの国土面積に対して、人口は約900万人と東京23区やロンドンと同程度ですが、公共インフラは非常に整っています。物価は日本の約2倍で税金も高いものの、その分道路はきれいに保たれていますし、街は清潔で治安も良いです。国境を越えて隣国に入ると、道路の状態や雰囲気が変わるのを実感します。
この国はかつてハプスブルク家のもとでヨーロッパの中心にありました。長い歴史の中で試行錯誤を繰り返して、いまはこれ以上もこれ以下もない “成熟社会” に至っているのだと思います。持続性を重視するのが今のオーストリアであり、今のヨーロッパ社会と言えるのではないでしょうか。

浦木:そう考えると、今もなお変化を続ける日本はまだまだ可能性を秘めています。だからこそ近い将来、インスブルックで学んだことを日本に還元する仕事をしていきたいですね。その1つとしてヨーロッパのスキー文化を日本に伝える、その橋渡しができればと考えています。
穏やかな日々を求めながらも、次なる挑戦へ
最後に、浦木さんが考える “豊かさ” について伺いました。
浦木:私は今年で50歳になり、人生の後半に差しかかりました。そんな中、大切にしているのが “時間の使い方” と “家族との時間” です。穏やかな環境で時間がゆっくりと流れるインスブルックでの暮らしは、それらをより有意義かつ充実させてくれると思っています。
とはいえ同じ環境に安住するつもりはありません。成長とは常に変化の中にあるものだと思っています。これまでもスキー選手から起業家へ、ハワイからインスブルックへ、環境を変えることで自分に壁を与えてきました。より豊かな人生を送るためにも、まだまだ挑戦を続けていきたいですね。

変化に追われることなく、家族や自分の時間を大切にするインスブルックでの暮らし。それは長い時間をかけて国が成熟する過程で生まれた “豊かさ” の1つのカタチのように思えます。
一方で浦木さんは変化の中に成長を見出し、次なる挑戦をも見据えています。ヨーロッパでの学びを胸に、日本の未来へ還元しようとする姿勢には、静かな情熱と揺るぎない決意が滲んでいました。
後編では最近スキーを楽しみに各国を巡っているBEARS代表・宅間との対談をお届け。ヨーロッパのスキーリゾートの魅力を深堀りしていきます。

浦木 健太 Kenta Uraki
1975年東京生まれ。中学まで新潟県で過ごし、高校はアメリカへ。卒業後は全日本アルペンチームに10年間在籍し、ヨーロッパ各国を転戦する。その後、中国アルペンチームヘッドコーチを経て、自身の会社経営に従事。2018年から全日本アルペンチームのヘッドコーチとして雪上に復帰する。2022年にアルペンチームから離れ、現在はケスレスキー日本総代理店である株式会社エクスパンダをオーストリアからリモート経営している。




