クルーズのように山々を巡る、ヨーロッパ流スキーの楽しみ方
スケールが段違い!ヨーロッパのスキーリゾート
――浦木さんは普段どこのスキーリゾートに行かれることが多いのですか?
浦木:僕が住んでいるオーストリア・インスブルックには1時間以内にアクセスできるスキー場が10か所ほどあります。日帰りの時は家から近い「パッチャーコーフェル」に行くことが多いですね。さらにスケールの大きいところなら「アールベルク」が車で1時間ほどの距離にあるので、その中の「サン・アントン」や「レッヒ」といったスキー場まで滑りに行きます。

浦木:イタリア方面なら家から車で2時間ぐらい南下したところに「ドロミテ・スーパースキー」という世界最大級のスキーリゾートがあります。そこは総滑走距離が約1,200km、東京都の約1.5倍の広さがあり、その中にスキー場が20か所以上あるんです。数日かけても全然回り切れないので、シーズンパスを買って、長期滞在するスキーヤーも多くいます。
宅間:僕も以前行きましたがスキー場内をタクシーで移動したり、スキー板を履いたまま馬に牽引してもらって次のリフト乗り場まで移動できたりと、スケールが桁違いでした。


(下)馬がスキーヤーを引く光景。リフト間の移動にもエンターテインメント性が光る。
浦木:宅間さんと一緒に滑った「イシュグル」も総延長が約239kmに及ぶ広大なスキーリゾートです。オーストリアからスイスにまたがっているので、気づいたら国境を越えて、スマホが繋がらなくなってしまったこともありましたね(笑)
宅間:それほどの広さだと、宿まで戻るのに1~2時間かかることもあるから、ある程度計算して移動しないといけないんですよね。『そろそろ戻り始めよう』と切り替えることも大事だなと学びました。
浦木:スケジュールを立てることはとても大切ですね。広いスキーリゾートで滑るときは、前日の夜にみんなでお酒を飲みながら地図を囲んで『明日はどこを滑ろうか』『ここでご飯を食べよう』と、予定を組むのが楽しみの1つになっています。


(下)「イシュグル」のスキー場。山脈を股にかけてどこまでもコースが続く。
スキー場が街と街を繋ぎ、ひとつの共同体を創る
――宿泊施設も日本とは違うのでしょうか?
浦木:高級なリゾートホテルもあれば、リーズナブルな宿もあります。高級なところだと日本円で1泊2名で20~50万円ぐらいで、大体プールやスパが備わっていますね。リーズナブルなところでは、1泊2名で2~3万円ほどでしょうか。
いずれの宿も木を使い、温かみがあるのが特徴です。地元の人たちが代々経営しているところが多く、昔からの建物をできるだけ綺麗に保って長く使うという国民性もあってか、古さを感じさせないとても心地の良い空間になっています。

宅間:『いかにも工業製品』というものが少ないですよね。建物は石と木が中心で、暖炉で温まるのがスタンダード。
浦木:そうですね。そういう造りが雪景色とマッチすることも意識していると思いますよ。ホテルはバルコニー付きの部屋が人気で、やはりこちらの人は景色や外の空気を楽しみたい人が多いのを感じます。
宅間:『アルプスといえばスイス』とイメージする人も多いですが、周辺の国ならどこからでも山岳を望めますしね。それぞれの街もスキー場が起点となって人が集まり、建物が建って——そうやって小さな街がどんどん大きくなっていったのではないでしょうか。
浦木:おっしゃる通りです。オーストリアの街はまず中心に教会があって、その周りに住宅が建っています。同じくらいの小さな街が点々とあって、スキー場を開ける土地があるところはスキー場を作り、小さな街がどんどん発展していきました。
「アールベルク」が良い例ですね。元は離れた場所にある小さな街どうしが、1922年に「サン・アントン」でオーストリア初のスキースクールが始まったことを機に、山を挟んで1つの共同体になっていきました。1つのスキー場をきっかけに、100年以上かけて大きなリゾートを作り上げていったんです。

スキーを楽しむことは、自然とともに生きるということ
——最後に、スキーが身近にあることで得られる “豊かさ” とはなんだと思いますか?
浦木:やはり自然と向き合う時間が増えるのは大きいと思います。オーストリアの人たちは日ごろからいろんなスポーツを楽しんでいますが、冬にやるのはやっぱりスキー。『やらなきゃ』と頑張るのではなくて、生活の中にごく当たり前に溶け込んでいるんです。スキーが身近にあるということは、自然が身近にあるということ。自然とともに生きるということは、それだけで心を豊かにしてくれると思っています。
宅間:本当にそうですね。またヨーロッパで浦木さんと一緒に滑りたいです。
浦木:ぜひ、来てください。予定を合わせて滑りに行きましょう!

2人の語らいからはヨーロッパのスキーリゾートで過ごす豊かな時間、満ち足りた人々の笑顔が目に浮かんでくるようです。スキー場とともに街を発展させてきた先人たちの長年の功労が、スキー大国として現代で実を結んでいます。皆さんもヨーロッパ流の楽しみ方を実践してみてはいかがでしょうか。

浦木 健太 Kenta Uraki
1975年東京生まれ。中学まで新潟県で過ごし、高校はアメリカへ。卒業後は全日本アルペンチームに10年間在籍し、ヨーロッパ各国を転戦する。その後、中国アルペンチームヘッドコーチを経て、自身の会社経営に従事。2018年から全日本アルペンチームのヘッドコーチとして雪上に復帰する。2022年にアルペンチームから離れ、現在はケスレスキー日本総代理店である株式会社エクスパンダをオーストリアからリモート経営している。




