一畳十間、時を超える扉を探して
高輪の緑を望むヴィンテージマンション「ドルフ・ブルーメン」の希少なワンフロア物件にBEARSが出会ったのは、2022年春のこと。先立って、神宮前の「コープオリンピア」最上階のリノベーションを手がけた「一畳十間」とふたたび手を組み、『半世紀住み継がれる理想の住まい』を叶えるリノベーションを進めています。
物件が建つ “旧高輪南町” の歴史に触れた一畳十間は、家主や客人を迎える玄関扉に長い時を重ねた時代建具を採用するプランを描きました。そんな特別な扉との出会いを求めて、ある専門店を訪ねます。
労を惜しまず、世界にひとつのヴィンテージ建具を居住空間に取り入れる理由とは?
そして、どんな逸品と出会えたのでしょうか?
江戸の玄関を感じる扉
建築家の小嶋綾香さんと小嶋伸也さんが共同代表を務める一畳十間は『日本の心地良い美がある暮らし』をテーマに掲げてスタートした設計プロジェクト。日本の暮らしの中で培われてきた知恵や、長く親しまれてきた自然素材、職人の精緻な手仕事を活かし、創造性とぬくもりに満ちた空間デザインを手がけています。
──今回、玄関扉に一点モノの時代建具を採用しようと考えたのはなぜでしょうか?
小嶋綾香さん(以下 小嶋):私たちは居住空間を設計する際、その土地ならではの風土や歴史への理解を深め、そうした背景と空間とのつながりを生み出すことも大切にしています。
このドルフ・ブルーメンが建つ “高輪” は江戸時代、日本の東西を結んだ「東海道」の関門「高輪大木戸」が設けられ、江戸の南の玄関口としての機能を果たしていました。毎朝夕に開閉し、江戸の街の治安維持と交通規制を行なっていたのだそうです。そうした歴史を知り、かつての情景に思いを馳せる中で、こんな玄関のイメージが像を結んでいきました。
家主やお客様がエレベーターを出ると、目の前に現れるのは、百年以上の時を重ねた蔵戸。その扉を開ければ、まるでタイムスリップしたかのように別空間が広がる──。
──なんだかワクワクしますね。
小嶋:江戸の玄関を感じるような扉を求めて、私たちは手間をかけてでも本物の時代建具を探すことにしました。特別な存在感や深み、人を惹きつける佇まいといったものは、重ねた時間の厚みから生まれます。ヴィンテージを模したリプロダクション品であれば手に入れるのはずっと容易ですが、本当に時間を重ねた建具でなければ、やはり『本物感』は出ませんから。
──そんな扉を前にしたら、エレベーターを降りた瞬間から特別な感覚にいざなってくれそうです。
小嶋:集合住宅でありながら、玄関扉を独自の建具に変えられるケースは珍しいと思います。エレベーターホールと玄関扉の外側は共用部にあたるのですが、こちらの物件はワンフロア専有で管理組合から工事の許可が降りたため、今回のプランが実現しました。その意味でも特別な玄関と言えますね。
時代建具を心と技術で次代につなぐ専門店
時を重ね、時を超える扉を求めて、BEARS代表・宅間とともに足を運んだのは、神奈川県相模原市に本店を構える「古福庵」。
主に江戸後期から昭和初期にかけての時代家具・建具を数多く取り扱い、次代への “継ぎ手” として『100年、心と技術でつないでゆく』をモットーに、時代を超えて受け継がれてきた貴重な品々に丁寧な修復やメンテナンスを施し、世に送り出しています。
『まるで博物館のよう』と称される売り場は約350坪。全国各地から集まった蔵戸や格子戸、欄間といった建具から時代箪笥、椅子や照明などの古民具までが並び、その展示数は業界随一を誇るとのこと。
たくさんの建具の中から一畳十間が狙いを定めたのは、百年以上の時を重ねた天然木の蔵戸。
ひとえに『木の蔵戸』と言っても、栗や欅、檜など木材も違えば、金具や装飾の表情もさまざまです。玄関扉として薄すぎず、厚すぎず、十分なサイズがあるもの。テカりすぎず、色味も木目も美しいものを──。
すべてが一点モノゆえ、まさに一期一会。
思い描いたイメージに重なるものを丹念に探します。
百年以上の時を重ねた総欅の蔵戸
そして、実際に出会えた品は──こちら!
明治~大正期のものと思われる、この総欅づくりの蔵戸は、まるで一枚板戸のような欅を大胆に活かし、風合いや杢目が惜しみなく活かされています。分厚い框を構え、自然美をまといながら、力強い佇まいがとても印象的。添えられた大振りの金具の、時代を重ねた風合いも見事で、長い年月を重ねなければ生まれない味わいに包まれています。
──古福庵
人の一生よりも長い時間を重ねてきた扉です。
ここに至るまでに経てきた歴史がどんなものだったのか。
そして、この扉が迎える新たな時間はどんなものになるのだろう?
そんな風に思いを馳せました。
物件の工事もいよいよラストスパート。
完成した玄関の様子は、ドルフ・ブルーメンのリノベーションを追ったこちらの連載にて後日お披露目予定です。
どうぞお楽しみに。
「ドルフ・ブルーメン」シリーズ記事はこちら
第1回:物件が建つ “旧高輪南町” の魅力とは?
第2回:理想の住まいを追求したドルフ・ブルーメンの美学
第3回:創造性とぬくもりに満ちた空間へ。そこに込められた想いとは
番外編:一畳十間、時を超える扉を探して
第4回:ドルフ・ブルーメン、完成。歴史と文化を受け継ぐディティール
第5回:非日常のくつろぎと愉しみを大空間に散りばめた家
小嶋 綾香
一級建築士 第376705号
1986 / 京都府生まれ
2009 / TEXAS A&M University建築学科卒業
2012 / SCI-ARC(南カリフォルニア建築大学)修士卒業
2013-2015 / 隈研吾建築都市設計事務所
2015 / 株式会社小大建築設計事務所設立
2021 / ICSカレッジオブアーツ非常勤講師