建築家 小嶋綾香×版画造形作家 野田拓真
「アーティストの仕事と暮らし」
Dialogue Day 1
2021.12.02 p.m.1:00-3:00
世界的なパンデミックの影響により、新しい生活様式が推奨されるようになり、多くの世帯で在宅勤務が広がった。住居の中に仕事のスペースを作るリノベーションの需要が増大。仕事と暮らしの距離が近いアーティストの暮らしを通して、創造性を育む住まいについて探究する。
──コープオリンピアのリノベーションを終えられての感想をお聞かせください。
小嶋綾香さん(以下 小嶋):2021年3月にお話をいただき、それから約9ヶ月間にわたって設計と管理を行いました。普段から3Dでパースをつくり、非常に細かい調整をしながら制作を進めるのですが、コンピューターや写真で見てきたものと実際の素材とは全く違った感覚があって。人間の五感で感じるもの、手触りや足触りだったり。お部屋に入った瞬間は感動しました。楠の木の香りに包まれている感じがして。
(中略)コープオリンピアという日本を代表するヴィンテージマンション、歴史を持って保存管理をされてきたもの、皆さんに愛されて残ってきたもの、慎ましいけれど厳格な設計──そういった建物でどういった価値を創っていくかを考えました。
──後ろと2階和室の作品は野田版画工房さんに依頼されたそうですね。
小嶋:今回の作品制作を依頼した野田版画工房さんには、私どもの自邸の襖も制作いただいています。パターンの賑やかさや色合いももちろんですが、野田さんのお人柄も個人的にファンなんです。自分自身、昔は2LDKの建売に住んでいて、定型的な箱に閉じ込められた感覚で生活をしなければならなくて。そういったこともあり、自由度を持って家を愉しむ感覚を大事にした暮らしの設計をする「一畳十間」というコンセプトワークを立ち上げました。
野田さんに以前お聞きした話で──最近は社会的にリモートワークも増え、個室の充実性が叫ばれていますが、日本の古来の暮らし方は襖で空間を仕切り、部屋を分けていました。そうすることで圧迫感なく、自由に部屋をつくることができる。時には大広間にしたり、自然の風を全体に行き渡らせられるように工夫されていました。襖はたしかに機密性には欠け、音が漏れてしまいますが、奥にいる人を配慮して暮らし、扉を閉める音ひとつとっても丁寧に生きてきたのかなと思います。
そのことについて、野田さんは「現代の人たちも、家族の中でそんな風にお互いの気配を感じながら生活するのは、豊かなことではないか?」とおっしゃっていて。そういったお話もあり、今回の制作を野田さんにオファーさせていただきました。
──野田さんは今回、どのように制作されていったのですか?
野田拓真さん(以下 野田):はじめに小嶋さんにお声がけいただいた際、やっぱり(依頼主は)「どんな方なのかな?」と気になっていました。その後、メールでやりとりした後に実際お会いしてお話しさせていただく中で、温かい方だなと。
小嶋:コープオリンピアの設計はカーテンをせずともよい窓になっており、そこから柔らかい光の陰影が壁にできるのですが、作品がすごくお部屋にマッチしていて。
野田:ほんま、最初に(作品が飾られた部屋の)写真をいただいた時、自分でいうのもなんですけど、めっちゃいいやん!と思って(会場笑)──いや、珪藻土に対して、紫が映えているなと。
小嶋:(背後の作品を差しながら)この円を描いている太陽から流れるような斜線には、なにか意味があるのですか?
野田:この斜めの、これが地模様です。木版で刷ってるんですけどね。これはタイトルが「雲」なんです。雲と太陽でちょうどいいかなという感じがあるんです。一方、2階和室の作品、線があってくねっているのは、田んぼに水を張った時に山や雲が映り込んで、それが動いてゆらゆら揺れている、その自然な感じを表現したんです。
表参道の設計は、太陽の動きを考えられているというのがすごく面白いと思って。太陽がいちばん長く出ている夏至の日は、正午に表参道の真上に太陽が来るんですね。で、冬至の日はちょうど明治神宮から表参道に沿って陽が昇る。「こんな設計できるんや、神やな!」って思って。ふふ(会場笑顔)
小嶋:それこそ、都市設計ですね。
野田:やっぱり作品をつくっていく時って、ヒントというか、そういったストーリー
──表参道、力強い太陽、神々しいメディウム──があって、こうデザインとしてマッチしてるなと。
──作品をつくる時にこだわりはありますか?
野田:こだわりというか、作品をつくる時は、全部そこに合わせてつくっています。地模様というのはすでにあるんですけど、地模様と紙の色合いであったりとか、どういう画を描くかという三段階の制作過程があるんです。やっぱり、そこにくるたったひとつのグッと来るものを導き出すのが大変。でも、作品をつくる上で大事にしていることなんです。
襖紙や色々な作品、特に版画というと、大量生産できるイメージがあるものですが、そうではなくて、あくまでもモノタイプの作品として襖をつくっている意識です。ちょっと大量生産ではできない味わいを目指しています。
小嶋:大量生産は人間に合ったものではない気がします。家というのは、ひとりひとりに合わせてあってほしいものですね。
70億人アーティスト化。地球上のすべての人が独自のコンテンツを持ち、表現をすることが可能となる時代。各々の価値観や思想を尊重しながら暮らすこともできる。そこにはシステムや設備では解決できない、お互いを気遣うという温かいコミュニケーションがある。
職住近接の未来はどうなっていくだろう?
都市生活の中での創造は、もしかすると見えないところで窮屈さを増しているのかもしれない。それでも、人と暮らすことを選択していくことでしか得られない細やかな響きがあると思う。
AIが導き出した最適解ではない空間に価値があり、日本人のDNAに受け継がれていて、このタイミングで深部を見つめることで繁栄の気づきがあると感じた。
小嶋 綾香
一級建築士 第376705号
1986 / 京都府生まれ
2009 / TEXAS A&M University建築学科卒業
2012 / SCI-ARC(南カリフォルニア建築大学)修士卒業
2013-2015 / 隈研吾建築都市設計事務所
2015 / 株式会社小大建築設計事務所設立
2021 / ICSカレッジオブアーツ非常勤講師
野田 拓真
版画造形作家 / 野田版画工房 代表
https://www.nodahanga.com/
1978年生まれ
嵯峨美術短期大学卒業後、京都の老舗唐紙工房にて修行
2011年 独立を機に滋賀県東近江市へ移住し、野田版画工房を構える