楽しむ、参加する。暮らす人たちがつくる新しい街の価値「前橋」
アートの街として注目を集めている群馬県前橋市。新しい街の価値をつくるため、行政とともに市民が主体となって、さまざまなアクションを起こしています。
前編では、街が変わるきっかけとなった「前橋ビジョン」誕生のストーリーと、今話題のアートスポットをご紹介しました。後編の今回は、前橋での暮らしについてお届け。実際にお住まいになっている方のリアルな声と、市民の生活に密着している商店街の変化についてご紹介します。
街と共に変化していく自分の未来にワクワクしている
変化の最中にある前橋ですが、実際に暮らしている方はどのように感じているのでしょうか。今回、街の案内をしてくださったⅠさんにお話を伺いました。Ⅰさんは東京出身ですが、12年前にご主人の仕事の都合で前橋へと移住。現在は3人のお子さまを育てるワーキングママです。
――前橋に引っ越すと言われたとき、どう思われましたか?
Ⅰさん(以下Ⅰ):主人の実家があるのでまったく知らない街ではありませんでしたが、驚きました。東京以外で暮らしたことがなかったですし、仕事も辞めなくてはいけないし、ものすごく戸惑いましたね。ちょうど移住が決まったタイミングで第一子を授かったことがわかり、東京で出産した後に引っ越すことになりました。
――初めての子育てを前橋ですることになったのですね。
Ⅰ:そうなんです。なので、子育てはもちろん、前橋という街になじめるのかも、すごく不安でした。
――一緒に街を歩いていると、たくさんの地元の方に声をかけられていましたね。すっかり、前橋になじまれているんだなと思いました。
Ⅰ:実は、前橋に来てからずっと専業主婦で、あまり地域に関わってこなかったんです。買い物も、商店街よりも車で郊外の大型スーパーへ行っていましたし。
ところが子育てが少し落ち着いて、3年前から仕事をするようになって変わりましたね。徐々に知り合いも増えて、初めてきちんと街と向き合うようになった気がしています。勤務先が前橋中央通り商店街に近いこともあり、商店街が活気づいていく様子を実感し、「前橋」という街が魅力的なんだと気づきました。
――住んでいると、なかなか街の魅力に気づきにくいですよね。
Ⅰ:そうですね。その環境が当たり前になってしまうので。でも、仕事を通じて、若い人たちの本気で街を変えたいという熱意を感じるようになりました。私も街づくりのお手伝いをしているのですが、年齢も背景も異なる人たちと一緒に、さまざまなことにチャレンジできるのは刺激的ですね。「前橋ビジョン」ができて、街の人たちの意識も変わってきたと感じます。
――子育てをする環境としては、いかがでしょうか。
Ⅰ:自然が身近なことに驚きました。少し車を走らせれば赤城山ですし、公園もたくさんあります。たとえば、朝に『今、あの花が見頃だから行ってみよう』と思い立って出かけ、午前中のうちに帰ってきて家事や仕事ができるんです。東京では考えられない時間の使い方ですよね。
また、義母が畑をやっているため野菜には困りません。獲れたての野菜が食べられることは、本当に贅沢なことだと思います。子どもたちもお手伝いして、自然と野菜の名前や育て方を覚えるのです。むしろ、東京育ちの私のほうが子どもに教えられています。
Ⅰ:前橋市がアートに力を入れてくれているのもうれしいですね。やはり、地方は都会に比べて芸術に触れる機会が圧倒的に少ないんです。子どもたちには本物に触れてほしいと思っているので、「アーツ前橋」や「まえばしガレリア」の存在はありがたいですね。美術館ほど敷居が高くなく、買い物で商店街に来たときなどに立ち寄って気軽にアートを鑑賞できるんです。街にアートがなじんでいるのは、きっと子どもたちに良い影響を与えてくれると思っています。
――地元のご友人たちと、街の変化について話すことはありますか。
Ⅰ:はい。集まる場が増えたことを、みんな歓迎しています。これまでは、ちょっとお茶をしたり、ランチをする場所があまりなかったんです。今は、商店街にできたパスタ店「GRASSA」や白井屋ホテルのラウンジに行きたいから集まる、みたいな雰囲気になったかもしれません。
――進化している前橋で暮らすことをどのように感じていますか。
Ⅰ:私は自分の意思で前橋に来たわけでもなく、前半は子育てに必死でした。でも、ちょうど再就職した時期と前橋が変化しようとするタイミングが同じだったことはラッキーだったと思います。街も変わり、私も変わり、これからどんな未来へつながっていくのかなとワクワクしています。
商店街に新たな息吹が運ばれる
前橋ビジョン『めぶく。』の発表とともに、街を盛り上げるためのさまざまなプロジェクトがはじまりました。その中のひとつが商店街の活性化。個性豊かなお店が前橋の商店街に誕生することになったのです。あれから7年、どんなプロジェクトが実現し、どんな存在になっているのかをご紹介します。
前橋の中心地には、縦横に交差する9つの商店街があります。かつては大いに賑わっていましたが、時の流れとともにシャッターを閉める店が増えていきました。しかし、『自分たちでやるぞ!』という想いを持った人々により、徐々に活気を取り戻していっています。
そのパイオニアともいえるのが、中央通り商店街に構えるパスタ専門店「GRASSA」です。アメリカ・ポートランドで生まれたハンドクラフトパスタ店の日本1号店。レトロなアーケード街に現れる煉瓦の建物がひと際目をひきます。
店主の澤井雷作さんは東京出身。幼少時にハワイへ移住し、料理人になってからもイタリアやスイス、オランダ、ロンドンなどで研鑽を積んだ国際感覚にあふれた方です。帰国後、前橋の地域再生のプロジェクトを知り、街を盛り上げたいと手を挙げました。契約農家から直接仕入れた群馬県産の野菜をたっぷり使用した料理が評判。地元の人にも観光客にも人気で、取材当日も大行列でした。
同じく煉瓦調の店構えが特徴的な創作和菓子店「なか又」も、前橋ビジョンに共感してオープンした店です。ふわふわでパンケーキのような「前橋どらやき」をはじめ、前橋市の市章「輪貫」と「和をもつ」という想いから名付けられた「わもち」など、前橋の新銘菓を生み出しています。店頭で焼き上げる良い香りに、ついつい引き寄せられます。いまや、新宿伊勢丹に常設店を構えるほどの人気店になりました。
中央通り商店街から少し離れた場所にありますが、クラフトブルワリー「ルルルなビール」にも注目です。店主の竹内躍人さんは青森出身で、大学進学で群馬に来て、そのまま前橋で就職。独立後にクラウドファンディングで資金を調達し、2023年2月にオープンしました。この街で店を構えた理由は、『大のビール好きなのに、気軽に立ち寄れるビアバーがなかったから』と非常に明快。ないなら作る。まさに『めぶく。』スピリットを体現しています。
偶然にもこの3店舗のプロジェクトを担った方は前橋出身ではありませんが、人を惹きつける魅力がこの街にあるのです。
同じ想いを持つ者同士の交流から生まれるケミストリー
商店街の中にあるシェアオフィス「comm」。ここは、前橋ビジョンに共鳴した企業や大学、スタートアップ事業者、個人事業主などが集まり、垣根を超えた交流を通じて新しい創造を生み出す場になっています。
2023年3月には、シェアオフィスの1階に「手紙社 前橋店」がオープン。手紙社といえば、さまざまなジャンルの作り手が集うイベントを数多く主催し、都内でカフェや雑貨店なども運営する人気店です。実は代表の北島勲さんは前橋高校出身で、「comm」のある場所は高校時代に通っていたレコード店だったそう。『青春の街に新しいワクワクを広げたい』という想いから出店に至りました。雑貨はもちろん、クラフトビールも楽しめ、感度の高い人たちの注目スポットになっています。
ふらりと立ち寄れる場があるのは、商店街の活気へとつながる大事な要素。手紙社はその担い手になってくれるに違いありません。
商店街には、市民自らが店づくりや商品開発に関わっているお店も増えてきています。
スペシャルティコーヒー専門店「LAUGH COFEE」の店主は、もとは前橋市内で消防士をしていた方。カフェ好きが乗じてキッチンカーから事業をはじめ、市民の支持を得て実店舗を構えるまでになりました。
あんこ専門店「あんこもん」では、あんこ好きの市民が集まって“前橋市民に満足いただけるあんこスイーツ”として、エクレアにあんこを挟んだ「エクレあん」を開発しました。
何かをやりたい人の周りに人が集まり、盛り上げて、カタチにしていく。これこそが、街づくりの原点なのかもしれないと感じます。
レトロな雰囲気も街の魅力
最後に前橋のレトロな街並みもご紹介します。この街の面白いところは、新しいスポットと昔ながらの景観が混在していること。実際、大蓮寺の表参道として発展した「弁天通り商店街」は、下町の風情が漂うレトロな街並みで、映画のロケ地としてもよく使われています。弁天通り商店街の横道にある「呑龍飲食店街」などもノスタルジックな雰囲気。散策するだけでも楽しい発見がたくさんあります。
新たなチャレンジを受け入れ、街のあちこちで変化が起きている一方で、レトロな街並みも残る前橋の商店街。新しさとなつかしさ、その両方を楽しめるのが前橋の魅力なのです。
『街を本気で変えたい』という人たちによって新たなスポットが続々と生まれている「前橋」。商店街の賑わいが少しずつよみがえり、暮らす人々も街の変化を楽しんでいることが伝わってきました。
しかし街の進化はまだ始まったばかり。“場” ができ、人が集まるようになって、そこから新たな “何か” が生まれるのですから。前橋ビジョンに込められた想い『“私が主役になる” という意思がこの街の名物になる』日が実現するのも遠くはなさそうです。
「前橋」のように、私たち住民が街づくりに積極的に参加していくことができれば、地域を問わず、私たちの暮らしはもっと豊かになっていくのではないでしょうか。