創造性とぬくもりに満ちた空間へ。そこに込められた想いとは

2023.01.13

品川駅から徒歩5分ほど、由緒ある高級住宅地 “旧高輪南町” に建つ「ドルフ・ブルーメン」は、地下1階付き・地上10階建てのヴィンテージマンション。BEARS社と「一畳十間」が協働し、高輪の豊かな緑を望むワンフロア物件のリノベーションを進めています。

その全容を全5回にわたってレポートする連載の第1回は物件周辺エリアを散策。続く第2回は理想の住まいを追求したドルフ・ブルーメンの美学と同マンションシリーズの魅力をお伝えしました。

第3回となる今回は、現在リノベーション中の居住空間へ。
さまざまな魅力を持つこのヴィンテージ物件がどのような設計哲学のもとで一体どんな住宅に生まれ変わろうとしているのか?
一畳十間の共同代表を務める建築家の小嶋綾香さんにお話を伺います。

リノベーション工事が進む内部の様子

住まう豊かさを生み出す一畳十間の哲学

──今回、間取りをリノベーション前から大きく刷新されていますね。新たなフロアプランはどのような考えから生まれたのでしょうか?

小嶋綾香さん(以下 小嶋):この物件は都心には珍しい約237m²もの広さがあり、その大空間をいかに活かすかを考えたとき、その中にあえて小さな空間を散りばめました。

従来、200m²を超える広い物件の間取りは、個室の数がただ増えただけの5LDKや6LDKが多くを占めてきたと思います。薄暗く長い廊下の両側に画一的な個室が並ぶようなレイアウトですね。しかし、そうした間取りでは、機能ごとに部屋が分かれて用途が限定されるため、家の中で人と人とのつながりが分断されてしまうと感じてきました。

いくつもの個室を長い廊下がつないでいたリノベーション前の間取り

──たしかに広さがあるマンション物件ほど、従来の間取りではそれぞれが個室にこもりやすく、同じ家の中にいながら心理的な距離を感じることが多いかもしれません。

小嶋:一畳十間は『ひとつの空間(=畳)でも十分に足りると思えるような、十通りもの居心地のよい場所(=間)があると感じられるような家づくり』を掲げてスタートしました。今日の均一化された『nLDK的な暮らし』から住まう豊かさを回復したいという想いがあります。

今回のリノベーションでは、お互いの気配を感じながらも、それぞれが多様な居場所を見つけられる家にしたいと考えました。具体的には、ただ部屋を区切るためだけの廊下をなくし、個室の数を最低限に抑えて、部屋自体も用途に合わせて変化をつけています。さらに、リビングの一角に設けた茶室や、落ち着いた和室仕様の書斎など、特別感のある居場所が家の中に点在するように設計しました。

新たなフロアプラン(2022年12月現在)©一畳十間

──家の中にいくつもの居場所や愉しみ方の自由があるのは素敵ですね。3Dパースを拝見すると、開放風呂を備えたマスタールームをはじめ、ホテルライクな空間デザインが目を引きます。どんな住まい手をイメージされたのでしょうか?

小嶋:大人数の家族で住まうというよりは、セカンドハウスや多拠点のひとつとして暮らし、出張や移動、ゲストを招く機会も多いような方をイメージしました。そのため、日常での使いやすさや掃除のしやすさを追い求めるよりも、非日常の寛ぎを感じられるような空間を目指しています。

──空間の随所に障子や珪藻土、無垢の木材、大谷石、畳といった日本らしい素材や職人の技が取り入れられていますね。

小嶋:長く親しまれてきた日本の自然素材や暮らしの知恵は、私たちが特に大切にしているものです。それらの素材に、職人の丹念な手仕事や独自のディテールの技を施すことで、創造性とぬくもりに満ちた家をつくりたいと考えています。

©一畳十間

このドルフ・ブルーメンは、江戸時代には藩邸が並び、明治以降は皇族や財界人に選ばれてきた “旧高輪南町” にあり、その環境の歴史を引き継ぐように、日本ならではの選りすぐりの素材を多く採用しました。一見の便利さよりも、美しい日本文化を継承するような素材に包まれて、暮らす人が心身の栄養を蓄えられるような住宅になればと思っています。

茶室が組み込まれた大迫力のリビング

──日本文化といえば、開口部の全面に障子を入れたリビングは壮観ですね。やわらかくも凛とした和の美しさを感じます。

小嶋:障子は私たちが好んで取り入れる建具のひとつです。内と外をやわらかく隔て、話し声や物音が聞こえ、気配を帯びる──そんな日本の繊細な美意識を身近に感じられるところが魅力。このリビングのように窓に使えば、和紙が強い日差しをやわらかく室内へ取り込んで、しなやかな空気をつくってくれます。

リビングの大空間。16m超もある南面に窓が並ぶ ©一畳十間

──障子の向かいの曲線を帯びた壁面デザインも印象的です。このアイデアはどのように生まれたのでしょう?

小嶋:この造作壁は、バルコニーやピロティに曲線を取り入れたドルフ・ブルーメンの意匠やマンションのシンボルである彫刻作品『花束』とリンクするように、花のようなやわらかさと空間性を有機的な曲面で表現しています。珪藻土で造形しており、削ることのできない構造壁の突出部をカバーする意図もあります。

──リビングの奥に設けられた茶室にはどんな意図があるのでしょうか?

小嶋:大空間の中にさまざまな使い方のできる小さな茶室を組み込むことで、全体が単調にならず、特別感が生まれます。茶室の襖を開け放てばひとつの空間に、閉めれば個室のようにも使える──そうした可変的な広がりを日本古来の暮らしの知恵として愉しんでいただけたら。

リビングの一角に設けられた茶室 ©一畳十間

──襖のアートワークは「野田版画工房」の野田拓真さんが手がけられる予定だとか。

小嶋:野田さんの作品は大胆なパターンや色合いが生むモダニティと和の情緒が混ざり合い、素晴らしい存在感があります。緻密な手仕事も含め、本物件のコンセプトにぴったりだと感じ、先の「コープオリンピア」での版画作品に続いて依頼しました。襖は手ざわりのある大判のビジュアルを生活空間の中で愛でられる、日本ならではのアート。どんな作品がこの空間と響き合うのか、とても楽しみにしています。

神宮前のヴィンテージマンション「コープオリンピア」のメゾネット物件に飾られた版画作品「雲」。同物件は2021年にBEARSと一畳十間がリノベーションを手がけ、野田さんによる版画作品2点がその空間を引き立てた ©一畳十間

室内に檜風呂を備えたマスタールーム

──マスターベッドルームはまるでスパ・スイートのようで驚きました。

小嶋:広々としたマスタールームはホテルライクな水回りを一体化し、窓からの景色や障子のやわらかな光の中でゆったりとお風呂を楽しんでいただけます。家の主が心身を癒す、特別な寛ぎの空間になれば。

──自然の素材や光を五感で味わい、優雅な時間が過ごせそうですね。

大谷石や十和田石、檜などを贅沢に使用したマスタールームの水回り ©一畳十間

“おこもり感” が楽しめる「文豪書斎」

──一方、こちらの書斎は和の静けさを感じる空間。名前からして心惹かれます。

小嶋:この「文豪書斎」は住まい手を想像した際、読書や執筆に集中できるような書斎があったらいいのではないかというアイデアから生まれました。戦前の文豪が名作を執筆した温泉宿を思わせる、静かな畳のお部屋です。空調などの凹凸を削ぎ落とし、障子の光、木や畳の香りの中でご自身と向き合っていただける空間になっています。

仕事や趣味が捗りそうな「文豪書斎」©一畳十間

さて、工事が進む内部の様子とともに、リノベーションのコンセプトや主な空間の設計プランをご紹介した第3回はいかがでしたか?

本物件には、今回ご紹介した他にもゲストルームやミニベッドルーム、マスタールームに隣接したワークスペース、秘密のパントリーなど、さらなる空間が点在しています。実際にどんな住宅が誕生するのか、期待が高まりますね。

左上から時計回りにゲストルーム、ミニベッドルーム、ワークスペース、パントリー ©一畳十間

次回はいよいよ、完成した居住空間へ。
実際の写真を交え、2回にわたってこだわりの素材や細部の魅力に迫ります。
また、連載「名匠に迫る」にて、一畳十間による玄関扉の買い付けのエピソードも近日紹介予定です。
どうぞお楽しみに。

「ドルフ・ブルーメン」シリーズ記事はこちら

第1回:物件が建つ “旧高輪南町” の魅力とは?
第2回:理想の住まいを追求したドルフ・ブルーメンの美学
第3回:創造性とぬくもりに満ちた空間へ。そこに込められた想いとは
番外編:一畳十間、時を超える扉を探して
第4回:ドルフ・ブルーメン、完成。歴史と文化を受け継ぐディティール
第5回:非日常のくつろぎと愉しみを大空間に散りばめた家

DATA

小嶋 綾香

一級建築士 第376705号

1986 / 京都府生まれ
2009 / TEXAS A&M University建築学科卒業
2012 / SCI-ARC(南カリフォルニア建築大学)修士卒業
2013-2015 / 隈研吾建築都市設計事務所
2015 / 株式会社小大建築設計事務所設立
2021 / ICSカレッジオブアーツ非常勤講師

Text by Jun Harada
Photos by Ichijo-toma, Jun Harada, Misaki Matsumoto
         

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