心が動く襖と住まう。「野田版画工房」と考える豊かな暮らし

2023.05.12

自然豊かな滋賀の地で野田拓真さんと藍子さんご夫妻が営む「野田版画工房」は、歴史ある和の表具の世界に新風を吹き込む存在。日本古来の「唐紙」(からかみ)という技法を応用し、現代性を帯びたデザインの襖やアート作品などを制作しています。

BEARSがリノベーションを手がけた「コープオリンピア」ではメゾネットの上下階にパネル作品を、そして今春竣工を迎えた「ドルフ・ブルーメン」にはリビングの顔となる茶室の襖を納めていただきました。

滋賀と東京をつないでのインタビューの前編はこちら。今回の後編は、BEARSとの出会いやドルフ・ブルーメンの襖の制作秘話、そして美しい襖やアートが彩る『心豊かな暮らし』について伺います。

野田版画工房のまわりに広がる里山の風景 ©Kazuya Sudo

BEARSとの協働を振り返って

──野田版画工房さんにはコープオリンピアとドルフ・ブルーメン、早くも2つのプロジェクトに関わっていただきました。BEARSとの出会いや印象について伺えますか?

野田拓真さん(以下 野田(拓)):初めての出会いは、2021年のコープオリンピアでしたね。先立ってショールームの襖をご依頼いただいた「一畳十間」さんがご縁をつないでくださいました。私から見たBEARS代表の宅間さんは、いろいろな物事に興味を持って自分の目で確かめ、その上で創り手を信頼して、自由なクリエイティビティを引き出してくださる方。今回も言葉を交わす中で『これは絶対に面白いものができるな』とワクワクしました。

コープオリンピアのメゾネット物件に飾られた版画作品「雲」 ©SS/Keishin Horikoshi

野田藍子さん(以下 野田(藍)):ドルフ・ブルーメンやコープオリンピアのように、すみずみまで贅沢に手がかけられ、時代を超えて住み継がれるヴィンテージ物件はなかなかありません。野田版画工房にとっても、そうした空間は挑みがいがありますね。

──ドルフ・ブルーメンの襖作品についてお聞かせください。

野田(拓):この茶室の襖はリビングからの見え方がメインです。まずはじめに空間の方向性を確認し、打ち合わせを重ねながら、襖のイメージが像を結んでいきました。一畳十間さんからは『寒色をベースに』との要望があり、宅間さんからは『夕暮れ時に世界が青く染まるマジックアワーの美しさをリビングに取り入れられないか』とのアイデアをいただきました。

デザインについて言えば、前回のコープオリンピアの作品が円や半月などハッキリしたフォルムを描いていたのに対し、今回の襖は淡くやわらかなイメージを求めて、絵の具の流れがひとつの意匠になるような「たらしこみ」という技法を用いています。

──繊細な色合いのデザインが美しいですね。

野田(拓):ここに住まう人をイメージして、ポップすぎない色合いの上品さを意識しました。また、意匠にマジックアワーを取り入れると言っても、ただブルーやオレンジの色を使えばいいというものではありません。今回のポイントは薄茶色の円。この円を置いたことで空間が引き締まり、豊かな奥行きが生まれたと思います。

── “高輪” という土地からもデザインの着想を得られたとか。

野田(拓):土地柄を紐解いていくと、かつての風景が見えてきました。海や街道に近く、交易が盛んな地で桜の名所があり、遠くには富士山や小高い山々を望めたのではないか。そうした情景を心に描き、豊かな表情を生む「たらしこみ」の技法によって、山の稜線や雲の流れなどを表現しました。桜の花びらが舞い動いているようにも見えるでしょう。

抽象と具象の間で見る人の想像をかき立てるようなデザイン ©Jun Harada

──風を感じるような、軽やかなラインが表面に入っていますね。

野田(拓):この横に流れる線は、風が吹いて草花がゆらいでいるような、あるいは水面に小波が立っているような情景をイメージしました。これは、エントランスにある彫刻作品「花束」の『風が吹いていなくても風を感じられる』というコンセプトに触れ、そんな表現ができないかと思ったのです。『実際にないものを感じる』ってすごく面白いでしょう。

実は、この横線に用いた版木はもともと縦に使うもので、そうすると雨のように見えるのですが、初めて角度を変えて使ってみました。版木の天地左右のルールに囚われず、作品に合わせて自由に用いることで、表現の可能性を広げられたらと。

──実際に完成した空間をご覧になっていかがですか?

野田(拓):いつも作品を納めるまでソワソワするのですが、完成した空間を見て、あれだけの大空間だからこそ、大胆なデザインがよく馴染んでいると感じました。派手すぎず、大人しすぎず、魅力的な表現ができたのではないでしょうか。

また、一日の中での表情の変化も見どころですね。DAISUKI LIGHTさんが手がけた間接照明によって、夜は夜で襖が全く違う表情を見せます。日中は角度によって地模様が見え隠れする一方、日が暮れると全体がよく見える。暗い方が全体像が浮かび上がるなんて不思議でしょう。住まう方にはきっと新たな楽しみ方や発見があるのでは。

美しい表具やアートと暮らす豊かさ

──近年はコロナ禍もあり、住空間への意識が高まっています。野田版画工房の作品を住まいに取り入れることについて、お話を伺えますか?

野田(拓):襖をはじめとする唐紙は光の当たり方などで刻々と表情が変わります。私たち自身、襖と暮らして、今でも『あ、綺麗だな』と思う瞬間や『この襖にしてよかったな』という小さな感動があります。そんな風に一日や年間を通じて、ちょっとした美しさに出会ったり、元気が出たり、心のゆらぎや喜びを感じていただけたら嬉しいですね。

野田(藍):私自身は他者の感性から生み出されたものに触れるたびに感動するのですが、野田版画工房の作品もそんな風に誰かの心を動かす空間の一部でありたいと願っています。

──襖の魅力はどんなところにあるのでしょう?

野田(藍):襖は生活に彩りを加えるとともに、日本古来の実用的な道具でもあります。自分たちの生活に取り入れて分かったことですが、襖一枚を隔てることで空間を仕切りつつ、向こうにいる人の身体の動きや気配が感じられます。ともに暮らす人の存在を遮断せず、一人ひとりの空間が守られながらも誰かと心がつながっている感覚があり、そこに豊かさを感じますね。

京都のラグジュアリーホテル「SOWAKA」のスイートルームを彩る襖作品 ©Kazuya Sudo

野田(拓):襖は面積が大きいので、部屋のアクセントにも主役にもなりえるもの。だからこそ、空間全体をデザインする感覚を大切にしています。家を暮らしの舞台として考えたとき、襖が舞台装置となり、日々の生活を彩る存在になれば。

──野田版画工房が考える『心豊かな暮らし』についてお聞かせください。

野田(藍):誰しも心が平穏なときも心ざわめくときもあり、心の持ちようで世界の見え方は変わります。だからこそ、いろいろな自分を受け止めてくれる空間に暮らすことが豊かさにつながるのではないでしょうか。その意味で住まいはとても大切。慌ただしい毎日の中で季節の移ろいやアートの美しさに触れたり、家族や人とのつながりを感じたり。また、簡単には手に入らない価値のあるものを思い切って身の回りに置くことで、日々の生活が豊かになると信じています。

さらに表現したい世界へ

──受注制作だけでなく、展覧会などへの出品も大切にしていらっしゃるそうですね。

野田(藍):私たちにとって、自主制作はもうひとつの大事な世界。その経験は受注作品での思い切った提案にも活かされていて、バランスとしてどちらも欠かせません。世界遺産の二条城や彦根城のような特別な空間に展示したり、多様な作家が集う工芸展に出品したり。そうした経験を重ねる中で、自分たちがより表現したい世界が見えてきました。

二条城に異空間を生み出した「BIWAKOビエンナーレ×ニュイ・ブランシュKYOTO 2020」のアート作品  ©野田版画工房
 

──野田版画工房がこれから表現していきたい世界とは?

野田(拓):最近、誰かとともに思ってもみない世界を創り上げたい、より大きな空間づくりに挑戦したいという想いが増してきました。さまざまな方との協働が増えてきたのですが、建築家やアートコーディネーターの方からの依頼には『え、ここ!?』と驚くような空間が少なくありません。『野田さん、こんな場所があるよ。さあ、ここでどんなことをしてくれるの?』──そんな投げかけに私たちが反応し、まだ見ぬ作品を創造していく。そうしたクリエイティブな化学反応に大きな喜びを感じています。これまでに培ってきた唐紙の技法を活かして、今後はそうした挑戦を重ねていきたいですね。

野田(藍):先日、お世話になっているカメラマンの方に『野田さんはすごくストリートですね』と評されたんです。その意味を尋ねたら、『同じところに長く留まることなく、常に突発的で場所を選ばず、流動的。それができるゆえに、新しい可能性を導き出すのがストリート』だと言われ、腑に落ちました。私たちはそういう精神が好きで、常に新たな場所に挑んでいきたいと思っていますから。

野田(拓):独立して10年以上が経ちましたが、私たちはいつだって模索していて、作品ごとに発見や反省があります。新たな制作を進める際に先の答えなんて見えていない。より挑戦的に面白いものを生み出して、まず自分たち自身がワクワクドキドキしたいし、それをお客さんにも共有したい。常にそういうことを感じています。

遊び心やおもてなしの精神、土地や季節へのまなざしなど、和の表具に宿る日本古来の精神性を現代に継承しながら、より自由で大胆な空間づくりに挑む野田版画工房。毎日を過ごす空間に、きめ細やかな手仕事による美しい表具やアートを取り入れ、みずみずしく心を動かす生活には、BEARSが大切にしたい暮らしの豊かさがあります。

住宅の画一化が進んだ現代において、衣食にこだわる人は多い一方、自分の理想の住まいを実現できている人は果たしてどれほどを占めるでしょう。より人間らしい豊かな生活を求め、住空間の大切さに目を向ける人が少しずつでも増えていけば──本当に上質な住まいを追求する私たちの挑戦はこれからも続きます。

DATA

野田版画工房

https://www.nodahanga.com/

代表 / 版画造形作家・野田拓真
1978年生まれ
嵯峨美術短期大学 美術学科版画科専攻
京都の老舗唐紙工房にて修行
2011年 独立を機に滋賀県東近江市へ移住し、野田版画工房を構える

図案家・野田藍子
1978年生まれ
嵯峨美術短期大学 専攻科混合表現 版画科専攻
卒業後銅版画工房を構え制作
2011年 野田拓真と共に野田版画工房を構える

Text by Jun Harada
Photos by Kazuya Sudo, SS/Keishin Horikoshi, Noda Print Motif Workshop, Jun Harada
         

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