非日常のくつろぎと愉しみを大空間に散りばめた家
品川駅から徒歩5分ほど、由緒ある高級住宅地 “旧高輪南町” に建つ「ドルフ・ブルーメン」は、地下1階付き・地上10階建てのヴィンテージマンション。BEARSと「一畳十間」が協働し、高輪の緑を望むワンフロア物件のリノベーションを進めてきました。
そして、2023年春。物件との出会いから約1年をかけ、無事竣工を迎えました。
本プロジェクトのおさらいはこちら。
第1回:物件が建つ “旧高輪南町” の魅力とは?
第2回:理想の住まいを追求したドルフ・ブルーメンの美学
第3回:創造性とぬくもりに満ちた空間へ。そこに込められた想いとは
番外編:一畳十間、時を超える扉を探して
第4回:ドルフ・ブルーメン、完成。歴史と文化を受け継ぐディティール
第5回となる今回は、お披露目ツアーの後半。
ゲストにも開かれたパブリックスペースをご紹介した前回に続き、非日常のくつろぎを叶えるプライベートスペースへと足を踏み入れます。案内人は引き続き、一畳十間の共同代表を務める建築士の小嶋ご夫妻と建築士の石川岳さん。
檜の開放風呂を備えたマスタールームをはじめ、第3回でご紹介した設計プランから誕生した空間の様子、そしてこだわりの素材や細部の魅力とは?
ツアー後半も見どころがたくさんです。
華やかな漆和紙に包まれる「秘密のパントリー」
──パントリーについてお話を伺えますか?
小嶋綾香さん(以下 小嶋(綾)):ダイニングキッチンの扉の奥にあるのが「秘密のパントリー」です。こちらの空間は、木曽の伝統技術から生まれた「漆和紙」を壁の全面に採用しています。漆は古くから日本の暮らしに使われてきた天然素材。漆を和紙に塗り込んだ壁紙は水に強く、調湿作用があり、丈夫で使い込むほどに風合いが出てきます。
小嶋伸也さん(以下 小嶋(伸)):手仕事による漆和紙は一枚一枚表情が異なり、独特なニュアンスがあります。この空間はワインセラーやミニバーなど、活用の仕方は自由。広さに余裕がある住まいだからこそ、こんな風に遊び心や色っぽさを持つ部屋があってもいいですよね。
マスタールーム前室はワークルームに
──ダイニングから見える障子戸を開けると、デスクのある小部屋が現れました。
小嶋(綾):LDKとマスタールームをつなぐこの空間は、造作デスクを備えたワークルームです。部屋をただ区切るためだけの廊下をなくし、部屋と部屋をつなぐ通路の役割を持つ空間にこうした暮らしの機能を与えることで、住まいの中に多様な居場所を散りばめています。
──こちらの壁の素材は何でしょうか?
石川岳さん(以下 石川):ワークルームの壁には日本の手漉き和紙を採用しました。一枚一枚が職人の手仕事によるもので、温かみのある質感が魅力。LDKやマスタールームと異なる素材を採用したのは、空間の印象が地続きにならず、部屋から部屋へと移動する際、自然と意識を切り替えられるように、という意図があります。
──暮らす愉しみをもたらす『豊かなシークエンス』がここにも感じられますね。
五感を癒す、檜風呂を備えたマスタールーム
──ワークルームを通り抜け、いよいよマスタールームへやってきました。障子の白い光を浴びた檜のお風呂や石の佇まいに、ハッとするような美しさを感じます。
小嶋(綾):マスタールームの空間は、日本文化の美しさを表現することを特に意識しました。くつろぎを誘う檜の香り、繊細な光や水の表情、力強い石の質感。そうした自然素材や和のしつらえの魅力を、ゆったりと楽しんでいただけたらと思います。
──室内に檜風呂を備え、日本らしさがありながらも大胆な空間が実現しましたね。
小嶋(綾):日本は豊かなお風呂文化があるにも関わらず、こうした開放風呂を持つ住宅は非常に少ないですが、海外のハイクラス物件の場合、開放風呂自体は特別珍しい存在ではありません。背景に『お風呂をバスルームに閉じ込めなくてもいい』という思想があるのでしょう。
やわらかな自然光や夜の明かりの中、広々とした空間で味わうバスタイムは、心身を癒す特別な時間になるはず。そして、檜風呂は入っていない時間も楽しめます。香り高く、見た目にも美しいですから。
──こちらに使われている素材についてお聞かせください。
石川:水回りは床に十和田石、奥の壁に大谷石を採用し、2種類の石それぞれの表情を楽しめます。大谷石は粗く穿つことで自然の風合いを出す「ビシャン仕上げ」を施し、陰影を際立たせました。その他の壁は珪藻土、洗面台の上段には無垢の耳つき一枚板を採用しています。天然の石や土や木、それぞれに自然素材ならではの力強さと温かみが感じられますよね。
──水回りの他はいかがでしょう?
石川:窓際に小さなデスクを設け、ベッドコーナーはシンプルにまとめました。フロアライトは和紙の立体漉き技術を活かした「AOYA washi lamp」。右のウォークインクローゼットの入口は、盛岡の伝統工芸「南部古代型染」の暖簾です。正方形で花を描いたようなこの紋様、ドルフ・ブルーメンにぴったりでしょう。ドイツ語で「花」を意味する名前、正方形に近い建物の形──まるでこの家のためのような紋様に出会えて、不思議なご縁を感じました。
──空間の隅や各所の縁にアールがつけられ、有機的でやわらかな印象ですね。
石川:この住宅は約237m²もの広さがあるため、緊張感やよそよそしさが出ないように、空間の随所にアールを取り入れています。均一な美しい曲線を出すために、熟練の左官職人の技が存分に活かされているんですよ。
個性の異なる2つのベッドルーム
──その他のベッドルームについても伺えますか?
石川:この住宅にはあと2つのベッドルームがあり、そちらは予算を抑えながら、ミニマルな美しさと居心地の良さを追求しています。こちらのゲストルームは、造作テーブルの高さを既製品のベッドと揃えることで、すっきりとした統一感を出しました。
小嶋(綾):もうひとつの部屋は、大きな木目に包まれるようなミニベッドルームです。天然の木は無限の構成要素を持ち、その表情が暮らしに落ち着きや活力を与えてくれます。暮らしの年月の中で、木々の面影がさらに育まれていくのが魅力ですね。
自然光に導かれ、静けさに満ちた書斎へ
──こちらの障子戸、差し込む光が美しいですね。
石川:この障子戸の向こうにあるのが「文豪書斎」です。文豪に愛された温泉宿のような一室をイメージし、落ち着いた日本らしさを感じる書斎に仕上げました。細かな目が美しい和紙の畳は、メンテナンスが楽という長所もあります。壁に設けた「違い棚」は桑や栗の耳つきの一枚板と金属を組み合わせることで、モダンな印象を引き出しています。
──凛とした空間でやわらかな障子の光に包まれて、読書や仕事が捗りそうですね。
小嶋(綾):リビング側からの書斎入口への眺めは、この住宅の隠れた見どころです。丸みを描いた障子の引き戸から差し込む自然光が美しく、刻々と表情が変化していきます。奥への期待感をくすぐられる、魅力的なアプローチになったのではないでしょうか。
さて、2回にわたるお披露目ツアーはいかがでしたか?
都市空間の過密化が進む中、画一的な住宅への疑問を呈し、“旧高輪南町” という都内有数の由緒ある立地に “本物の住居空間” を求めて建てられたドルフ・ブルーメン。居住者が自身の生活スタイルに合わせた思い思いの住まいを創り上げる、当時としては先進的な試みがなされました。
今回のプロジェクトは、そうした思想や土地の歴史を受け継ぎながら、都心では珍しい約237m²のワンフロアに現代の “理想の住まい” をイメージするところから始まり、約一年の時間をかけて完成しました。
住まう豊かさを生み出すフロアプランに、上質な自然素材や希少な古材、日本古来の職人技をふんだんに掛け合わせ、唯一無二の世界観を実現した本物件。時代を超えてヴィンテージマンションを住み継ぐ魅力を最大限に高めるリノベーションの可能性、そして細部にまで妥協のない仕上がりの素晴らしさを感じていただけたのではないでしょうか。
なお、本連載の番外編として、ドルフ・ブルーメンの茶室の襖を手がけた「野田版画工房」の特集記事を後日公開予定です。どうぞお楽しみに。
「ドルフ・ブルーメン」シリーズ記事はこちら
第1回:物件が建つ “旧高輪南町” の魅力とは?
第2回:理想の住まいを追求したドルフ・ブルーメンの美学
第3回:創造性とぬくもりに満ちた空間へ。そこに込められた想いとは
番外編:一畳十間、時を超える扉を探して
第4回:ドルフ・ブルーメン、完成。歴史と文化を受け継ぐディティール
第5回:非日常のくつろぎと愉しみを大空間に散りばめた家
小嶋 伸也
一級建築士 第368170号
https://ko-oo.jp/
https://ichijo-toma.jp/
1981 / 神奈川県生まれ
2004 / 東京理科大学理工学部建築学科卒業
2004-2007 / 中国大連にてフリーランス(加藤諭氏と共同)
2008-2015 / 隈研吾建築都市設計事務所
2015 / 株式会社小大建築設計事務所設立
2021 / 株式会社一畳十間設立
小嶋 綾香
一級建築士 第376705号
1986 / 京都府生まれ
2009 / TEXAS A&M University建築学科卒業
2012 / SCI-ARC(南カリフォルニア建築大学)修士卒業
2013-2015 / 隈研吾建築都市設計事務所
2015 / 株式会社小大建築設計事務所設立
2021 / ICSカレッジオブアーツ非常勤講師